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2022.02.25

沸騰する世界最大の映画大国 インド映画縦横無尽⑨

サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督の『デーヴダース』

松岡環

『デーヴダース』

1.くり返し映画化される『デーヴダース』

 ベンガルの作家シャラトチャンドラ・チャテルジー(ベンガル語読み:ショロトチョンドロ・チョットパッダエ/1876-1938)は、タゴールとほぼ同時代の作家で、1917年に書いた小説『デーヴダース』で知られている。『デーヴダース』は元のベンガル語から、英語、ヒンディー語等様々な言語に訳されてインドの人々に愛読されているが、本と同時に映画化作品もインド諸言語やインド周辺国で作られ、その数は配信作品も入れると20本に及ぶ。

『デーヴダース』

 最初の『デーヴダース』は1928年のサイレント映画で、その後1935年に、カルカッタ(現コルカタ)映画界の人気者P.C.ボルアが主演と監督を兼ねてベンガル語で製作、続いて彼は翌1936年にヒンディー語版も監督した。ヒンディー語版でデーヴダースを演じたのは人気歌手でもあったK.L.サイガルで、このボルアの2作品と、独立後の1955年に作られたビマル・ローイ監督作で、ディリープ・クマールが主演した作品が、『デーヴダース』の古典的名作と考えられている。

 ボルアは1937年に母語のアッサム語でも『デーヴダース』を作っているが、これら北インドの言語のほか、テルグ語、タミル語、マラヤーラム語といった南インドの言語、さらにはパキスタン、バングラデシュでも映画化された『デーヴダース』は、「ラーマーヤナ」や「マハーバーラタ」を除くと、最も映画化された文学作品と言っていいだろう。

 ちょっと変わったところでは、現代に舞台を移した『デーヴD』という2009年のヒンディー語映画もある。日本でも大阪アジアン映画祭2010で上映されたが、舞台はパンジャーブ州の農村に変わり、娼婦チャンドラムキーはデリーの安宿街で稼ぐロリータ風ヘルス嬢となっていた。監督はこの作品以降めきめきと頭角を現すアヌラーグ・カシャップで、注目されたためか、その後現代版『デーヴダース』の製作が流行した。

 そんな中で本作デーヴダース』(2002)【2022年2月19日~4月19日配信】は、豪華な俳優陣を揃え、5億ルピー(当時のレートで約13億円)という巨額の製作費をかけて作られた作品として注目された。主演はデーヴダース(デーヴ)にシャー・ルク・カーン、彼の永遠の恋人パールヴァティー(パーロー)にアイシュワリヤー・ラーイ、そしてデーヴに真心を捧げる娼婦チャンドラムキーにマードゥリー・ディークシトと、その時点で考えうる最高の顔ぶれだった。これら俳優陣の魅力もあって、『デーヴダース』は2002年の他作品を大きく引き離し、約10億ルピー稼いでその年の興収トップとなるのである。

『 デーヴダース 』

2.バンサーリー・スタイルが花開く

 サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督による『デーヴダース』は、従来の作品とは異なる点がいくつかある。まず、デーヴとパーローの子供時代が登場しない。家は隣り合っているもののデーヴの家は大地主で大金持ち、一方パーローの家は貧しくはないが中流程度、というのが原作の設定で、そんな事情には関係なく、二人は幼い時から仲良しだったという描写が原作の導入部となる。そのためほとんどの作品が子供時代から始まるのだが、本作では言葉での説明と、一瞬のフラッシュバック映像があるだけである。

デーヴダース』

 また、中流程度であるはずのパーローの家が、デーヴの家よりは小さいものの、豪華な邸宅になっているのにも驚かされる。しかも、ガラス素材を多用したキラキラの、派手な屋敷なのである。アイシュワリヤー・ラーイ扮するパーローが、帰郷後一番に自分を訪ねてきたデーヴに対する恥じらいで、このガラス張りの廊下を自室へと走るシーンは、星屑がきらめいているのかと思うほどだ。

 パーローの実家のアップグレードは建物だけでなく、パーローや母親の服装などでも表現されており、デーヴの家との貧富の差はさほどない、という形にするのが、バンサーリー監督の意図だったのかも知れない。パーローの母親から持ち込まれた二人の結婚話をデーヴの両親が退けるのも、貧富の差ゆえではなく、パーローの両親の職業に難があるから、という理由になっている。

 それにしても、あらゆる点において豪華さが際立つ作品である。監督の前作『ミモラ 心のままに』(1999)でも感じた「豪華絢爛志向」が、本作では一挙に花開き、これまでの『デーヴダース』にはないゴージャスな作品になった感がある。監督の「豪華絢爛志向」は、この後約10年の時を経て、2013年の『ラームとリーラー』【近日配信予定】で復活し、以後、セットや衣裳が超豪華、というのがバンサーリー監督作品の特徴の一つとなった。特にバージーラーオとマスターニー(2015)【配信期間:2022年3月24日~5月22日】と『パドマーワト 女神の誕生』(2018)は、中世の王国が舞台であるだけに、素晴らしいセットと衣裳が堪能できる。

『デーヴダース』

3.至高の舞踊シーン

 「豪華絢爛志向」は、ソング&ダンスシーンでも発揮されている。『デーヴダース』には全部で9曲が使われているが、その中でもマードゥリー・ディークシト扮するチャンドラムキーが踊るシーンは、3曲ともが圧巻である。デーヴダースを最初に娼館に迎えた時の「Kaahe Chhed(なぜ悪戯を)」と、デーヴの再来を喜ぶ「Maar Daala(打ち付けてくる)」は、古典舞踊カタックの優美なテクニックが存分に生かされている上、衣裳やセット、小道具も素晴らしい。チャンドラムキーの衣裳は、ビーズ刺繍が一面に施されたガーグラー(スカート)やチョーリー(ブラウス)といい、縁に繊細な飾りを施した大きなベールといい、美しさと重量感に溢れている。

 この2曲のうち「Kaahe Chhed(カーヘー・チェール)」の振付は、本年1月16日に亡くなったカタックの名手ビルジュ・マハーラージが担当したもので、彼の弟子たちがバックダンサーとして出演している。カタックは北インドのイスラーム王朝の宮廷で発達した舞踊で、グングルーと呼ばれる足鈴(小さな鈴を100個ほどベルトに縫いつけた形が一般的)を付けて細かいステップを刻み、丈の長いスカートを翻して決めるターンが見どころだ。「Maar Daala(マール・ダーラー)」ではこの足鈴が賭けの対象として登場するので、その形状を見ることもできる。

 「Maar Daala」ともう1曲、ドゥルガー女神の祭りでチャンドラムキーとパーローが踊る「Dola Re Dola(ブランコのように)」は、ヒンディー語映画のソング&ダンスシーンを数多く担当した振付師の故サロージ・カーンによるものである。古典舞踊を元にしながら、少し俗っぽくなまめかしい動きを入れてあり、目を奪われる。特に弾むようなステップの「Dola Re Dola(ドーラー・レー・ドーラー)」は、ボリウッドダンス好きの人なら一度は踊ってみたくなるに違いない。

 原作にはもちろん、チャンドラムキーとパーローが共に踊るシーンはない。それどころか、2人は相まみえることもないのだ。過去の『デーヴダース』にも登場しなかったのでは、と思われるシーンで、これもバンサーリー監督の新解釈である。こんな風に、サンジャイ・リーラー・バンサーリー版『デーヴダース』はユニークで、見どころがぎっしりと詰まっている。配信ならではの利点を生かして、何度か見返したい作品である。

『デーヴダース』

【『デーヴダース』作品ページ】

『デーヴダース』予告編