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2022.01.27

沸騰する世界最大の映画大国 インド映画縦横無尽⑧

ソーナム・カプール珠玉の2本――『ラーンジャナー』と『ニールジャー』

松岡環

『ラーンジャナー』

 2月の上映では、ソーナム・カプールの主演作が2本重なる。現在配信中のラーンジャナー(2013)【2022年1月20日~3月20日配信】と、少し遅れて配信されるニールジャー(2016)【2022年2月1日~3月2日配信】である。この2本は、実はソーナム・カプールという女優にとっての、珠玉の代表作とも言える作品なのだ。この2本を中心に、彼女の足跡をちょっと見て行きたいと思う。

『ラーンジャナー』

1.『ラーンジャナー』

 ソーナム・カプールのデビュー作は、2007年の『愛しき人』。サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督作品で、ランビール・カプールとのWデビューが話題を呼んだ。父親が大スター(ランビールの父はリシ・カプール、ソーナムの父はアニル・カプール)である2人のデビュー作、そしてこの少し前からインドに進出し始めたハリウッド・メジャー各社のうち、ローカル・プロダクション(現地製作)の先陣を切ったソニー・ピクチャーズによる第1号作品、さらにはヒットメーカーのバンサーリー監督作、ということで話題には事欠かず、大きな宣伝が繰り広げられた。しかしながら、『愛しき人』はバンサーリー監督がハリウッドを意識しすぎたためか、中途半端な出来の作品になり、製作費をやっと回収する程度の成績に終わったのである。

 ソーナム・カプールが注目されたのは次作の『デリー6』(2009)からで、ここで演じたアイドル志望のデリー下町娘はソーナムの個性を輝かせ、頭にハトを載せて踊る「♫マサッカリー」の歌と共に人々の記憶に刻み込まれた。ただ、その後はあまり作品に恵まれず、再びソーナムの活き活きと輝く姿がスクリーンに躍ったのが、『ラーンジャナー』だったのである。

『 ラーンジャナー 』

 『ラーンジャナー』は南インドのタミル語映画のスター、ダヌシュのヒンディー語映画デビュー、つまりはボリウッド映画界への進出第1号という意味合いが大きかった。前年の2012年にも、妻のアイシュワリヤ・R(ラジニカーント)・ダヌシュ(当時。つい先日、1月半ばにダヌシュは離婚を発表した)の監督作『3』をヒットさせ、種々の映画賞の主演男優賞を総ナメしたダヌシュの、満を持したヒンディー語作品である。一方ソーナム・カプールにも、男性中心映画のお添え物的役柄に甘んじてきていた中で、実力を発揮できるチャンスだった。

 「ラーンジャナー」とは、「色を付ける、染める」という意味で、「自分のものとする」という意味が出てくるようだ。北インドの聖地ベナレスを舞台に、幼い時に少女ゾーヤーに一目惚れし、以来一途に彼女を愛していくクンダンの物語である。クンダンはヒンドゥー教のバラモン(最高位の僧侶階級)の家系で、しかも南インドのタミル・ナードゥ州出身。一方ゾーヤーはイスラーム教徒で、こんな2人の結婚はまずあり得ない。それをクンダンが嵐のように一方的に押しまくっていき、ついには悲劇が発生してしまう。ある意味、ゾーヤーはファム・ファタルなのである。

ラーンジャナー』

 ソーナム・カプールは最初の中学生時代もかわいくて眼が奪われるが、後半、大学で政治運動に目覚め、そのリーダー(アバイ・デオル)を好きになり、やがて自分自身がリーダーとならざるを得なくなるパートも、影と凄味を感じさせて惹きつけられる。ノミネートに終わったが、「フィルムフェア」賞などの主演女優賞に名前が挙がったのも納得の、演技力を見せて付けてくれたのだった。こんな作品なので、ソーナム・カプールの足跡を紹介する時には、必ず「ターニングポイント」として挙げられる作品なのである。

『ニールジャー』

2.『ニールジャー』

 『ラーンジャナー』のあとソーナム・カプールは、日本でも公開された『ミルカ』(2013)や『プレーム兄貴、王になる』(2015)、そして『パッドマン 5億人の女性を救った男』(2018)などに出演する。そしてそれらの間で、まさに彼女の単独主演作と言える作品が誕生し、観客も評論家もこぞって彼女を褒め称えることになったのが、2016年の作品『ニールジャー』である。

 『ニールジャー』は、1986年9月5日に起こった実際のハイジャック事件を描いている。ターゲットになったのは、今は消滅した航空会社パン・アメリカン航空(パンナム)第73便で、ボンベイ(現ムンバイ)を出発し、パキスタンのカラチとドイツのフランクフルトを経由して、ニューヨークへと向かうフライトだった。それがカラチで、アラビア語を話す4人の男にハイジャックされるのである。彼らはアブ・ニダルと呼ばれるテロ組織に属していたとされるが、その一部始終を、事件の犠牲となったチーフCAニールジャー・バノートを主人公に描いた作品が本作だ。

 事件はかなり忠実に描かれており、ニールジャーのプライベートにも触れられるが、こちらも誠実な描き方がなされているようだ。劇中ではシャバーナー・アーズミーが演じるニールジャーの母親本人が、作品冒頭に登場し、観客を祝福してくれることからそれがわかる。ニールジャーの遺族は両親と2人の兄だったが、彼らにも綿密な取材が行われたようで、ニールジャーが1970・80年代の人気男優ラージェーシュ・カンナーのファンだったこと、彼の出演映画の歌をよく歌い、セリフをそらんじていたこと等が劇中に登場する。引用されている作品は、『Aradhana(祈り)』(1969)、『Anand(アーナンド)』(1971)、『Amar Prem(不滅の愛)』(1972)などで、インド人観客ならさらに彼女を身近に感じることだろう。

 そして、このニールジャー・バノートに生命を吹き込んだのが、ソーナム・カプールの素晴らしい演技である。ソーナムの表出する存在感によって、観客はまるでハイジャックのその場に居合わせているかのような臨場感を覚え、映画に引き込まれていく。「フィルムフェア」賞や「スクリーン」賞など、主要な賞の主演女優賞をいくつも獲得し、国家映画賞でもスペシャル・メンションを授与されたのも、大いに納得できる演技である。

 ハリウッドなら、これだけの演技を見せてくれれば主演作品のオファーが殺到したと思うのだが、残念ながらボリウッドではそうはならず、ソーナムは2018年5月8日に、ファッション関係の会社を経営するデリー在住のアーナンド・アフージャーと結婚してしまった。以後コロナ禍もあって、ソーナムは映画界からは遠ざかっているのが現状である。今回、彼女の代表作2本が揃ったのは奇跡的だ。この希有な機会を逃さず、ぜひじっくりと両作品を鑑賞してほしいと思う。

 新型コロナウィルスの感染者数は、インドでも1月に入るや一挙に増加に転じ、昨年8月にピークとなった第2波に迫りそうな勢いである。このため多くの州で映画館が閉鎖され、それに伴って1月に公開が予定されていた作品は、軒並み公開延期となった。S.S.ラージャマウリ監督の『RRR』、プラバース主演の『Raadhe Shyam(ラーダーとクリシュナ)』も無期延期で、南インド映画界では他に、1月14日の収穫祭ポンガルに向けて公開予定だった大作が、次々と取り下げられた。インド映画界は、今年も苦戦を強いられそうである。

『ニールジャー』

【『ラーンジャナー』作品ページ】

『ラーンジャナー』予告編

【『ニールジャー』作品ページ】

『ニールジャー』予告編