• HOME
  • COLUMN
  • 沸騰する世界最大の映画大国 インド映画縦横無尽⑱

2022.11.28

沸騰する世界最大の映画大国 インド映画縦横無尽⑱

地方抗争映画の金字塔『血の抗争』

松岡環

『血の抗争 Part1』

1.『血の抗争』2部作

 本年4月にアヌラーグ・カシャップ監督作ザ・ブローラー/喧嘩屋(2018)が配信された時、このコラム⑪で、アヌラーグ・カシャップ(以下「アヌラーグ」)の経歴を紹介した。その中で、「2012年、アヌラーグの代表作となる『血の抗争』2部作が世に出る。ジャールカンド州(旧ビハール州)にある田舎町ワーセープルを舞台に、数世代にわたる確執と抗争を描いたこの群像劇は、その過激な暴力描写や、報復に取り付かれた男たちと彼らを支える女たちの濃密なドラマで観客を魅了した」と解説したのだが、ご記憶にあるだろうか。
 原題を『ワーセープルのギャングたち』という『血の抗争』【Part 1:2022年11月29日~2023年1月27日配信、Part 2:2022年12月配信】は、2012年の第65回カンヌ国際映画祭で321分版が上映された後、翌2013年には日本でも、第23回アジアフォーカス・福岡国際映画祭で『血の抗争』という邦題が付けられて320分版が上映された。この間にインドでは、5時間余は長すぎて興行は無理と判断され、『Part 1』と『Part 2』に分けられて公開されたのだが、160分の『Part 1』は2012年6月22日、159分の『Part 2』は同年8月8日の公開となった。そして2012年末から2013年にかけての映画賞レースでは、両方で1本の作品として多くの賞にノミネートされ、数々の受賞を果たした。

『血の抗争 Part1』
『血の抗争 Part2』

 今回のJAIHOでの配信も、インドでの公開に倣って2部に分けられているが、『血の抗争』は決してわかりやすい作品ではない。「数世代にわたる確執と抗争」と書いたが、映画は2004年1月の夜に銃で武装した集団が、テレビの人気ドラマを見るために居間に集まっていたファイザル・カーン(ナワーズッディーン・シッディーキー)家の家族と使用人を襲い、皆殺しにしようとするシーンから始まる。襲撃した一味のリーダーはスルタン・クレシ(パンカジ・トリパーティー)。スルタンは襲撃の成功を州の大臣J.P.シンとその父ラマディル・シン(ティグマーンシュ・ドゥーリヤー)に報告するのだが、その後検問にひっかかったところでナレーションが入り、この物語は1941年のワーセープルへと戻っていく。
 このインド独立前のパートに登場し、そもそもの抗争のきっかけを作るのが、ファイザルの祖父にあたるシャヒド・カーン(ジャイディープ・アフラーワト)だ。『Part 1』はシャヒドが冒頭に少し登場した後、その息子サルダール・カーン(マノージ・バージペーイー)が物語の中心となり、『Part 2』はサルダールの息子ファイザルが中心となる。『Part 2』の最後ではファイザルの息子が生まれ、その赤ん坊がムンバイに連れてこられた2009年で、抗争はまだ終わらないことを暗示してこの大長編物語は幕となる。

血の抗争 Part1

 登場人物が非常に多く、それを整理するために、適宜年号や人名、地名がテロップとして画面に現れるほか、シャヒド・カーンの手下で、シャヒドと息子サルダールに仕えるナーシル(ピーユーシュ・ミシュラー)がナレーションを担当して話を進めていく。ただ、それでも特に外国人には顔の区別がつきにくく、初見ではストーリーを詳細に追うことは難しいだろう。しかしながら、見る人は見始めてすぐ本作の異様なパワーに圧倒され、最後までぐいぐいと引っ張って行かれるはずだ。異様なパワーの元は、あまりにもストレートに噴出する登場人物たちの欲望である。盗みたい、のしあがりたい、邪魔者を消したい、仇を取りたい…と直情径行的に行動する男たちの描き方がリアルで、観客はワーセープルのギャングたちの抗争に引き込まれてしまうのだ。

『血の抗争 Part2』

2.リアルな「地方もの映画」の誕生

 本作は、劇中でサルダールの第二夫人の息子デフィニットを演じたズィーシャーン・カードリーが、自身の出身地ワーセープルのギャング物語を監督のアヌラーグに語って聞かせたものが基礎となっている。舞台となったワーセープルは、今はジャールカンド州ダンバード地区の一部で、人口20万人の町である。ジャールカンド州は2000年に旧ビハール州が2つに分離してできたうちの南側の州で、北側はビハール州の名前のままだ。元のビハール州は、イギリスの統治時代はベンガル管区に属しており、今のビハール州、ジャールカンド州は共に、東側の州境を西ベンガル州と接する形になっている。
 現在のインド各州の1人あたりのGDPを比較してみると、最低はビハール州で、それから順番にウッタル・プラデーシュ州(UP)、ジャールカンド州となる。ネパールの南に位置するこの3州は、干ばつや洪水に見舞われることが多く、一部に穀倉地帯はあるものの、農民たちは苦しい生活を強いられていることが多い。産業は古くから発達した繊維産業や製糖業などがあり、ジャールカンド州には製鉄業タタ財閥の本拠地ジャムシェードプルもあるが、州全体を潤わせるには貧弱で、州民たちの多くは他州への出稼ぎで生活を支えている。アヌラーグもまた、ジャールカンド州に近いUP州東部の町ゴーラクプル出身のため、ズィーシャーン・カードリーによるワーセープルのギャング物語を聞いて、インド最貧地域における「仁義なき戦い」を容易に思い浮かべることができたのだろう。
 本作で1941年に登場するシャヒド・カーンは、「スルタナ・ダークー(盗賊)」と呼ばれた有名なダコイト(同じく盗賊の意味)、スルタナ・クレシの名をかたって列車強盗を働くのだが、インド最貧地域はダコイトの巣としても知られていた。1950~70年代は(1975)のようなダコイト映画がよく作られ、その後1980年代にはニューシネマと呼ばれたアート系作品の舞台になって、インドの社会問題――地主制度、身分差別、貧困問題、女性問題等を描く舞台となったこの地域は、経済発展後は「地方もの映画」を生み出していく。かつてアート系作品を撮っていたプラカーシュ・ジャー監督は、ビハール州の町を舞台に、腐敗した警察組織や地方のドンたちと闘う警部を描く『Gangajal(ガンジスの聖水)』(2003)などを撮り始めた。『血の抗争』はそういった「地方もの映画」に一挙にリアリズムを流し込み、新たな地平を切り開いたのである。

『血の抗争 Part2』

 もちろん、観客がついてこれるよう、アヌラーグは様々な工夫をこらしている。既述したテロップ挿入もそうだが、説明不足と思われる部分をBGM曲の歌詞で補ったり、主人公たちの恋愛をユーモアもまじえて描いて、殺伐たる光景が続く本筋に息抜きをさせたりと、実に巧みである。女性たちの描写が優れていることはアヌラーグ作品の特徴の一つだが、今回も殺し合う男たちよりずっと強靱な女性たちが、インド版『極道の妻(おんな)たち』のように大きな魅力を放つ。特に、サルダールの妻ナグマ(リチャー・チャッダー)と第二夫人のドゥルガ(リーマー・セーン)、そしてファイザルの妻となるモフシナ(フマー・クレーシー)の存在感は男たちを凌駕し、見終わったあといつまでも印象に残ることだろう。

『血の抗争 Part2』

3.『血の抗争』の影響
 本作を頂点に、前後の作品『デーヴD』(2009)と『ザ・ブローラー/喧嘩屋』(2018)を加えた3作はアヌラーグ作品のベストスリーであり、特に本作はインド映画界に衝撃を与える作品となった。ナレーターを登場させての「物語る抗争映画」のスタイルは、現在、テルグ語映画RRRと2022年の興収1位を争っているカンナダ語映画『KGF:Chapter 2(コーラール金鉱:第2章)』にも引き継がれており、こちらは主人公ロッキー(ヤシュ)のカッコいい“絵“を作るための紙芝居的語りに思えるものの、『血の抗争』の影響を感じさせてくれる。
 また、ナワーズッディーン・シッディーキーの名が広く知られるようになったのも、本作の影響の一つと言える。ナワーズッディーン・シッディーキーは1999年に端役で映画に初出演するが、その後長らく下積みが続き、ムンナー兄貴、医者になる(2003)に出演していたのも、私自身本年5月にJAIHOの配信で見直すまで気がつかなかったぐらいだ。『デーヴD』のバンド歌手役は印象に残り、一部でも話題になったが、本作や『女神は二度微笑む』等4作品により2013年の第60回国家映画賞で審査員特別賞を受賞して以降は、彼も主役級の俳優に遇されるようになった。
 それにしても、『血の抗争』という邦題は、実にぴったりの邦題だということが映画を見終わるとよくわかる。血で血を洗う抗争であり、また、何代もの血の中に流れている記憶が引き起こす抗争なのである。この邦題を与えてくれたアジアフォーカス・福岡国際映画祭はすでにないが、映画祭上映だけに終わらず配信で見られる幸運を享受して、ぜひ『Part 1』『Part 2』とも楽しんでもらいたいと思う。

※ご鑑賞の助けとなる登場人物一覧は、拙ブログ「アジア映画巡礼」(https://blog.goo.ne.jp/cinemaasia/e/2970ab9de14abb5b7e7269021c3b214b)にアップしておきますので、よろしければご参照下さい。

『血の抗争 Part2』

【『血の抗争 Part1』作品ページ】

【『血の抗争 Part2』作品ページ】