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2022.09.24

沸騰する世界最大の映画大国 インド映画縦横無尽⑯

S.S.ラージャマウリ監督の世界

松岡環

『マガディーラ 勇者転生』 © GEETHA ARTS, ALL RIGHTS RESERVED.

1.ラージャマウリ監督は何でできているか

 『バーフバリ』2部作(2015、2017)で一挙に世界的知名度を得たS.S.ラージャマウリ監督の数あるエピソードの中で、一番好きなのは、インドのマンガ本シリーズ「アマル・チットラ・カター(Amar Chitra Katha/不滅の絵物語)」を全冊読み倒した、という逸話である。2018年4月26日、ラージャマウリ監督はショーブ・ヤーララガッダ・プロデューサーと共に来日し、新宿ピカデリーで舞台挨拶を行ったが、その後舞台裏で配給会社ツインのご好意により、短時間のインタビューをさせてもらった。その時のやり取りの一部を再録する。

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 Q:監督は小さい頃、神話のマンガ本をよく読んでいた、とうかがいましたが、それは「アマル・チットラ・カター」シリーズですか?
 監督:そうです。
 Q:読んだ本で、題名を憶えていらっしゃるものがありますか?
 監督:全冊、出版されたタイトルは残らず読んでいます。クリシュナの物語、ラーマの物語などなど、全部読んだんです。合計で400冊ぐらいになるでしょうか。
 Q:ええっ、400冊も! すごいですね!
 監督:そう、400冊ぜ~んぶ読んだんです。今でも全冊、家に揃ってますよ。
 Q:お父様(原案を担当したV.ヴィジャエーンドラ・プラサード)が買って、お与えになったんですか?
 監督:父が図書館に連れて行ってくれたんです。子供時代は小さな町に住んでいたのですが、そこに地域の図書館があって、「アマル・チットラ・カター」が全冊揃っていました。そこで読み始めて、大きくなってから自分で買えるようになると、全冊買いそろえました。
 Q:最近のインドではグラフィック・ノベル(劇画調のコミック本)が流行ってますが、『バーフバリ』をお作りになる時に参照なさったものとかがありますか? 例えば衣装なんかで。
 監督:いや、ないですね。むしろ、衣装は「アマル・チットラ・カター」を参考にしました。あの本にはどんな衣装でも載っているので、いろいろ参考にさせてもらいました。グラフィック・ノベルは最近になって少しずつ増えてきてはいますが、画調が西洋っぽいものがほとんどです。だから、あまり参考にはなりませんでした。

(ブログ「アジア映画巡礼」2018.4.27より)

マガディーラ 勇者転生 © GEETHA ARTS, ALL RIGHTS RESERVED.

 「アマル・チットラ・カター」を子供に読ませたいと思う父親、そして買い与えるのではなく、町の図書館に連れて行って本に触れさせ、その世界に子供が夢中になるよう仕向けてやる父親と、父の意図を正確に受け取って、本にどっぷりとハマり、シリーズ全冊を読んでしまう幼い息子。息子は長じては父のアドバイスのもとその世界をスクリーンに移し替え、世界中の人々を熱狂させる―文字通り「この親にしてこの子あり」だが、それを何のてらいもなく語るラージャマウリ監督は、この人は尊敬に値する人だと思わせてくれた。
 私自身は、インドに行き始めた40数年前に「アマル・チットラ・カター」を何冊か買い、読んでみたものの、英語版もヒンディー語版も絵がアメコミ風であることにいまひとつ馴染めなかった。「シヴァ神がスーパーマンと同じ顔してるのもなあ」とか思って20冊ぐらいしか集めず、それも数年前に必要な数タイトルは新版に買い換えて、大半を処分してしまった。このラージャマウリ監督の発言を聞いて、しまった、と思ったのだが後の祭り。今後、ラージャマウリ監督やその作品を研究する上では、「アマル・チットラ・カター」を全冊読んでいることが必須となるかも知れない。

マガディーラ 勇者転生 © GEETHA ARTS, ALL RIGHTS RESERVED.

2.『マガディーラ』完全版の楽しみ方

 マガディーラ 勇者転生(2009) 【2022年9月18日~11月16日配信】が日本で公開されたのは2018年8月31日。今回配信の完全版より23分短い、139分版だった。JAIHOの作品解説にもあるようにラージャマウリ監督初めての時代劇で、『バーフバリ』から振り返ってみれば同じく歴史ファンタジーであることから、『バーフバリ』の原点となった作品と言っていいだろう。ただ、2001年に監督デビューしてから手がけた6作はすべて現代の物語なので、時代劇を撮るのはかなりの冒険だったに違いない。そのためか、輪廻転生物語にして、約半分の長さは現代が舞台という構成にしてある。
 今回完全版を見てみて気がついたのだが、日本公開版のためにカットしてあったのは現代のシーンがほとんどで、ソング&ダンスシーンも2曲含まれている。43分ぐらいに登場する「♪いい感じ♪」と、2時間13分ぐらいの「♪ストールのシワを♪」である。前者はヨーロッパロケまで敢行してシーンを作ったのに惜しげもなく切られているし、後者はこれぞアイテムナンバー(物語には関係のないセクシーな女性が“アイテムガール”として登場し、刺激的な踊りを披露するもの)という全編中に1曲しかないそそるソング&ダンスシーンなのに、無慈悲にも切られている。
 また、主人公ハルシャ(ラーム・チャラン)が一瞬手を触れてビビッと来た彼女を捜すシーンでは、インドゥ(カージャル・アグルワール)に騙されて関係ない家を訪問してしまうのだが、そこに登場する人気コメディアン、ブラフマーナンダムの登場シーンもすべてカットしてある。コメディシーンと言えば、マッキー(2012) 【2022年9月24日~10月23日配信】のテルグ語版(タイトルは「Eega」。「Makkhi」も「Eega」もハエのこと)では割と長く登場するコメディシーンが、ヒンディー語版『マッキー』ではカットされるなど、どうやらラージャマウリ監督には、ベタなコメディはテルグの人にしか楽しめない、という考え方があるようだ。このあたり、監督がカットした理由をいろいろ類推するのも面白い。

マガディーラ 勇者転生 © GEETHA ARTS, ALL RIGHTS RESERVED.

 それから、これは日本公開版でも心躍るシーンとなっていたのが、エンディング・ソング「♪昔々 あるところに…♪」のキャスト&スタッフ総出のシーンだ。キャストは案内役、スタッフが主体という心温まるエンディング・ソングで、まだ髪が黒いラージャマウリ監督も、ラーム・チャランらと共にはじけて踊っている。ラージャマウリ監督作の大きな特徴の一つは、このスタッフの結束の固さによるクオリティの高さだろう。原案者である父K.ヴィジャエーンドラ・プラサードはもちろんだが、撮影のK.K.センティル・クマール、音楽のM.M.キーラヴァーニ、編集のコータギリ・ヴェンカテーシュワラ・ラーウ、そして衣裳のラージャマウリ夫人ラーマ・ラージャマウリまで、最高の作品を生み出す精鋭が揃っている。この最強スタッフにはのちに美術のサーブ・シリルが加わるのだが、彼らをまとめ上げて動かすラージャマウリ監督の力は、やはり超人的である。

『マッキー』 © M/s. VARAHI CHARANA CHITRAM

3.ハエに転生するヒンドゥー教徒

 その他ラージャマウリ監督作にはいくつかの特徴があるが、最後に挙げておきたいのが、宗教的な縛りから自由であることだ。前述の『マッキー』(2012)では、人間がハエに輪廻転生する。ヒンドゥー教徒としては、犬に転生するよりマシかもしれない(韓国語と同じく、ヒンディー語でも「クッター(犬)」は罵り言葉になる)が、不潔な場所にいるハエなどご勘弁、と誰でもが思うに違いない。そのハエを、最後には皆が英雄視するようなキャラクターに作り上げる手腕は、お見事と言うしかない。

『RRR』(2022年10月21日(金)日本公開) ©2021 DVV ENTERTAINMENTS LLP.ALL RIGHTS RESERVED.

 この、「宗教フリー」とでも言うべき描き方は、10月21日(金)から公開されるラージャマウリ監督の新作RRR(2021)の中にも垣間見える。まず、主人公の1人、コムラム・ビーム(NTR Jr.)がゴーンド族の出身なのだ。現在、いろんな州で「指定部族(社会・経済的に後進性が顕著とされる部族)」として扱われているゴーンド族は、近年はチェンナイの出版社タラ・ブックスの本で見事な絵を披露する人々としても知られているが、そのゴーンド族出身の反英活動家を主人公の1人のモデルに選んでいる。そして、もう1人の主人公として、学問を身につけたヒンドゥー教徒ラーマ・ラージュー(ラーム・チャラン)を選び、2人の間に強い友情と反英活動家としての同志愛を育ませる。
 ほかにも、『RRR』には「宗教フリー」の証が発見できるのだが、それはご覧になってのお楽しみとしておこう。現在のインド映画界の状況、特にボリウッド映画界の状況を見ていると、ラージャマウリ監督作は砂漠の慈雨のような気さえする。アーミル・カーンの数年前の発言を取り上げて非難し、言外に「お前はムスリム(イスラーム教徒)だからインドを愛していないのだろう」と臭わせ、8月公開の主演映画『Lal Singh Chaddha(ラール・シン・チャッダー)』のボイコットを呼びかける。同様に、今後公開が予定されているシャー・ルク・カーン主演作とサルマーン・カーン主演作にもボイコットの動きを見せる。こういう“ファン”を擁するボリウッド映画界は今、かなり危うい状況にある。ラージャマウリ監督の作品が、今こそ必要とされていると思うのは、私だけだろうか。

S.S.ラージャマウリ監督(『バーフバリ 王の凱旋』撮影現場にて) © ARKA MEDIAWORKS PROPERTY, ALL RIGHTS RESERVED.

【『マガディーラ 勇者転生<完全版>』作品ページ】

【『マッキー』作品ページ】

【映画『RRR』公式サイト】