1.『チャトラパティ』から始まった物語
S.S.ラージャマウリ監督がプラバースと初めてタッグを組んだ作品『チャトラパティ』(2005) 【2022年10月23日~11月21日配信】は、『バーフバリ』2部作が「重厚かつ格調高い」映画とすれば、「軽やかで若々しい」作品である。『チャトラパティ』がインドで封切られたのは2005年9月30日で、この時ラージャマウリ監督(1973年10月10日生まれ)は32歳直前、プラバース(1979年10月23日生まれ)は26歳になる直前だった。プラバースの誕生日から配信が始まった本作は、ラージャマウリ監督にとっては2001年のデビューから数えて4本目、プラバースにとっては2002年のデビューから数えて6本目となる。
主人公はシヴァージ、時には短くシヴァとも呼ばれる青年で、アーンドラ・プラデーシュ州北部のベンガル湾に面した港町ヴィシャーカパトナムを舞台に、難民という過去を持つ彼が土地の悪辣なボスらを倒し、難民仲間と共に支配者にのしあがっていく物語だ。映画の始まりは12年前のスリランカで、少年シヴァと弟アショクが母親から、マラーター(今のマハーラーシュトラ州のこと)の英雄シヴァージー(マラーティー語、ヒンディー語表記)の話を聞いているシーンがまず登場する。シヴァージーに関しては後述するが、自ら「チャトラパティ(大王)」と名乗った17世紀マラーターの王で、母親が語る、「“チャトラパティ”とは、自分のためではなく、民のために生きる人よ」というのが、本作のテーマとなっている。
それだけならありがちの、母への思慕を胸に抱く青年が裏社会のボスとなる、という、最近の大ヒット作品であるカンナダ語映画『K.G.F.(コーラール近郊地域)』シリーズ(2018、2022)や、テルグ語映画『Pushpa: The Rise-Part 1(プシュパ:立身篇・第一部)』(2021)にも通じる筋立てだが、『チャトラパティ』はこれに、シヴァとは腹違いの弟アショクのどす黒く激しい嫉妬心、というサブストーリーが加わる。母親にとってシヴァは前妻の子なのだが、父親亡き後も母親は2人を平等に可愛がる。それが我慢できず、アショクは幼い時からシヴァに嫉妬し、徹底的にシヴァを憎むのだ。
と書くと、ラージャマウリ監督作品のファンなら、これとよく似たストーリーを思い出すはずだ。『バーフバリ』2部作(2015,2017)における、アマレンドラ・バーフバリ、シヴァガミ、そしてバラーラデーヴァの関係である。『チャトラパティ』での“母”を巡る確執が、『バーフバリ』においては少し形を変えて再現されたと言っていいかも知れない。ラージャマウリ監督とプラバースの初タッグ作品というだけでなく、『チャトラパティ』はこの点からも、『バーフバリ』の出発点となった作品と言えそうである。
2.実在の「チャトラパティ」
「チャトラパティ」という称号が冠せられるシヴァージー(1630-1680/1627-1680説もあり)ことシヴァージー・ボーンスレーは、現在のマハーラーシュトラ州からカルナータカ州を包括するビジャープル王国の一将軍の子として生まれた。若い頃から、マラーターと呼ばれる現マハーラーシュトラ州の農民たちを軍事的に組織して周囲の敵と戦い、プネーを中心に領土を固めていった英雄である。当時はムガル帝国が、イスラーム教徒の王国として北インドに強大な版図を広げていたが、そのムガル帝国とも戦ったシヴァージーは、やがて1674年にマラーター王国を創建する。
シヴァージーの在位は6年弱と短かったのだが、その後マラーター王国は東へ、そして北へと勢力を広げ、各地の王侯を同盟により味方につけて、マラーター同盟(「マラーター連合」とも呼ぶ)の名のもとに広大な王国を築き上げる。この、1818年まで続いた王国の創始者であることから、シヴァージーは現在に至るまでマハーラーシュトラ州を中心に人々から英雄視され、尊敬を集めている。イギリス統治時代のインドでは、反英独立運動の精神的支柱ともなった存在なのである。
「チャトラパティ(大王)」は前述のようにシヴァージーが自ら名乗った称号で、現在シヴァージーの名前には必ずと言っていいほど「チャトラパティ」がつく。マハーラーシュトラ州は、1995年に右翼政党のシヴ・セーナー(「シヴァ神の軍隊」の意味)が政権を握り、4年半の統治期間中に様々な土地や建造物の名前を変更した。例えば、「ボンベイ」はイギリス統治時代の名であるとして「ムンバイ」に変更され、また市内の大きなターミナル駅で、「VT」という略称で知られた「ヴィクトリア・ターミナス」は、ヴィクトリア女王の名を冠している、というので「CST」、「チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス」へと変更された。所在地名を冠していた空港も、現在は「チャトラパティ・シヴァージー・マハーラージ(これも「大王」の意味)・インターナショナル・エアポート」となっている。
このシヴァージーは、ラージャマウリ監督の最新作『RRR』(2021)にも登場している。『RRR』のエンディング・ソングでは、インドの様々な地方で反英闘争を戦った人々が、歌詞の中とバック画面に登場するのだが、その最後にシヴァージーも、「勝利をもたらす勇猛なマラーターの雄牛」という歌詞と共に姿を現す。ラージャマウリ監督のシヴァージーへの畏敬の念が感じられるが、『チャトラパティ』で面白いのは、もう1人、マラーター王国に関連する人物の名前が出てくることだ。
それは、劇中でシヴァに倒される悪辣なボスの名前で、これが「バージラオ」なのである。以前配信されたヒンディー語映画『バジラーオとマスターニー』(2015)をご覧になった方はおわかりだと思うが、正確に音引きを付けると「バージーラーオ」(1700-1740)は、マラーター王国の宰相として辣腕を振るった人物である。もちろんチャトラパティ・シヴァージーの死後のことで、第5代の王の時代、ペーシュワー(宰相)のヴィシュワナートが実権を握り、さらに彼の死後の1720年、後を継いだ息子のバージーラーオがプネーに宰相政権を樹立して、王に代わり統治を行ってゆくのである。その名前が非道なボスに付けられているとは、ラージャマウリ監督にとって宰相はやはり、下剋上をやってのけてシヴァージーの子孫をレイムダック化した悪者、という位置づけなのだろうか。
3.「若撮り」の『チャトラパティ』
こういう背景と共に、映画『チャトラパティ』は、2005年という時代のテルグ語映画のスタイルを知る上でもいろいろと興味深い。まず、劇中に数曲入っているソング&ダンスシーンが時代を感じさせるのだ。特に、シュリヤー・サランと一緒に踊る3曲では、これまで目にしたことのない、若々しいプラバースの踊りっぷりが見られる。そのシュリヤー・サランは16年の時を経て、現在公開中のラージャマウリ監督作『RRR』に出演しているというのも、偶然とはいえ何やら因縁めく。
そしてもう一つ、時代を感じさせるのが、ヴェーヌ・マーダウという小柄なコメディアンが繰り広げる数々のコメディシーンである。本筋には全く関係してこず、ただただ笑いをもたらすためだけの登場で、最近の映画を見慣れている我々には少々奇妙に映る。南インド映画研究者の安宅直子氏によると、「2000年代のテルグ語娯楽映画は、どの作品にも御大から新進まで10人程度のコメディアンがゾロゾロと登場することが多く、またコメディシーンはたいていの場合、そこだけ切り取って別の作品に挿入しても全く違和感がないほどに自己完結したものでした」とのことで、現在とはかなり違っていたようだ。
ヴェーヌ・マーダウというコメディアンは当時、ラージャマウリ監督のお気に入りだったようで、『Simhadri(シンハードリ)』(2003)と『Sye(挑戦)』(2004)にも出演している。また、『チャトラパティ』ではシュリヤー・サランにもコメディシーンを演じさせており、当時のテルグ語映画の水準に合わせた、サービス精神旺盛ぶりが見て取れる。このあたりが、監督の「若さ」を感じさせて面白い。
ダンスシーンのコケットリーや、嫉妬に狂う弟の描写などはかなり刺激的で、これも監督の「若さ」ゆえだろうか。小説等には「若書き」という言い方があるが、映画では「若撮り」か。ラージャマウリ監督とプラバースの若さに目を見張らされる、貴重な作品である。