事の発端となった5月18日にちなみ、韓国で「5.18光州民主化運動」と呼ばれる光州事件。ある人は悲しみをあらわにし、ある人は憤り、ある人はかたくなに口を閉ざす。今も人々の感情を分断する韓国現代史の悲劇だ。民主化を求める市民に対し、戒厳軍が武力を行使し、150人以上が命を落としたと言われるが、40年以上を経た現在も、事件の経緯、死者の数を含め、その全貌はいまだ明らかになっていない。
いわば「未解決事件」ともいえる光州事件、そして80年代後半まで続いた民主化運動。今回JAIHOで配信される4つの作品、『光州5・18』『キム君』『1987、ある闘いの真実』『ペパーミント・キャンディー』は、フィクション、ノンフィクション、それぞれの形を借りて歴史を再現し、さまざまな角度から事件の闇に切り込み、観る人に問いかける。
『光州5・18』(2007)
そもそも光州事件とは、どんな事件だったのか。『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017)が日本で公開になったころ、光州事件についてもっと知りたくて、観るべき映画を韓国人にたずねたことがある。事件当時光州にある高校に通っていたAさんが挙げたのは、『光州5・18』【2022年5月18日~7月16日配信】だった。
メインキャストには、『王の男』(2005)などで脚光を浴びた直後のイ・ジュンギと『殺人の追憶』(2003)などで鉄板の演技を見せるキム・サンギョン、国民俳優と称されるアン・ソンギ。名優をずらりそろえた本作は、制作費だけで100億ウォンを投じた破格の大型商業作品として話題をさらった。30億ウォンをかけて再現された光州中心部の街並みを舞台に繰り広げられる、スペクタクルな銃撃シーンは圧巻。だが、特筆すべきは、高校生(イ・ジュンギ)や看護婦(イ・ヨウォン)、タクシー運転手(キム・サンギョン)といったごく平凡な市民の目線から事件を描いていること。政治的なテーマを扱いつつ、主人公たちは政治的な人物でないということだ。
至極あたりまえのように学校に通い、恋をしていた人たちが、ある日突然道端で、軍人に市民が手当たり次第暴力を受ける姿を目の当たりにする。鳴り響く愛国歌に合わせて、戒厳軍が集団発砲する。政治には特に関心がなかった人々が隣人を守るために立ち上がり、武器を手に取る。武道場だった建物にびっしりと並べられた棺。一時平穏を取り戻したかのように見えた街が、再び抗戦の場と化していく――。家族や恋人との日常が一瞬にして崩壊していく過程は、本作を薦めてくれたAさんに聞いた体験談と一致する。その意味で、ドキュメンタリー的要素も含む映画と言えるだろう。
光州事件が起きたとき8歳だったというキム・ジフン監督は、大邱で育ち大学でソウルに来てから初めて5.18について知ったという。監督は、公開時のインタビューでこう語っている。
「子どもの頃は光州事件を『暴動』だと思い、『国を滅ぼすのではないか』と幼心に心配していました。映画を観た若者たちは「本当にあった出来事か」と尋ねます。私は本作で、当時生きていた人々について、わたしたちが忘れていた人々について語りたいと思いました。いま我々が享受している民主主義は、自然に実現したものではないのです。」
映画のクライマックスで、キム・サンギョン扮する主人公が叫ぶ、「俺たちは暴徒じゃない」というセリフ。その言葉の重みをかみしめたい。
『キム君』(2018)
光州事件は市民による民主化運動か、北朝鮮が介入・扇動した暴動か。事件から40年を経ていまも残る議論に挑むドキュメンタリーが『キム君』【2022年5月27日~7月25日配信】だ。キム君とは、光州事件を記録した写真に映る一人の青年のこと。装甲車に乗って機関銃を構えていた市民軍の男性は、果たして誰なのか。彼を北朝鮮から来た特殊部隊の軍人だとする軍事評論家チ・マンウォン氏の主張を検証すべく、カン・サンウ監督はキム君の写真を公開し、現場にいた人たちの証言を集めていく。
登場するのは、市民軍で活動していた人々や、写真を撮った新聞記者、市民軍におにぎりを配っていた女性など、光州の現場にいた人たちだ。顔立ちや髪型、戦車に書かれていた番号などを手がかりにたずねるものの、調査は難航。キム君の素性にじりじりと迫る取材の過程で興味深いのは、当時の出来事は強烈すぎるがゆえに関係者の記憶があいまいだったり、市民軍同士がスパイを疑って相手に名前を明かさなかったり…という、極限の状況ならではの事情が浮き彫りなっていくことだ。なかには、当時を振り返りながら「こんなことを調べても、だれも関心がない」と静かにあきらめの声をぶつける人や、「市民軍に参加した後の人生を後悔している」という自身を振り返る人の声も。
本作は、最後に正体が明かされる「キム君」だけでなく、現場に存在していた多くの「キム君」たちの、あの時とその後を捉えたドキュメンタリーだ。監督によると、証言に協力した人の中には、拷問を受けたにもかかわらず暴徒という烙印のために治療をまともに受けられなかった人や、心の傷をいやすために酒を飲んで健康を害したり、家族と不和になったりした人も少なからずいたという。『キム君』は、2018年ソウル独立映画祭と2020年野花映画賞で大賞を受賞した。
『1987、ある闘いの真実』(2017)
光州事件の7年後。チョン・ドゥファン大統領率いる軍事政権下の韓国で、警察に取り調べを受けていた大学生が亡くなった。拷問致死であったことが明らかになると、怒りを爆発させた市民や学生らが大統領の直接選挙を求めて立ち上る。その過程を描いたのが、『1987、ある闘いの真実』【2022年6月配信予定】だ。
公開されたのは事件から30年後の2017年。製作した理由について、チャン・ジュナン監督は「独裁権力から重要な権利を勝ち取った韓国現代史における重要な時期であるにもかかわらず、この時代の話をする人が誰もいなかったから」と明かしている。
製作していた2010年代半ば過ぎは、パク・クネ政権が意に沿わない作品に弾圧を加えていた時期。出演する役者は政府のブラック・リストに載ってしまうのではないか、そもそも公開が実現するのか。監督さえもが不安に思うなか、カン・ドンウォンが「重要な話をしていると思うので参加したい」と出演を表明。他にも「小さな役でもいいから出たい」という役者たちが集結したという。
ハ・ジョンウやユ・ヘジン、ソル・ギョングなど、韓国映画界を代表する名優の張りつめた演技はもちろん、注目すべきはやはり南営洞警察署長役のキム・ユンソクだ。実際は拷問を受けて亡くなった大学生の後輩であるキム・ユンソクが、「この強烈な人物を軸に数多くの人々の葛藤を描く構造なので、際立っていなければならない。だから自らを犠牲にして臨む」と、全身全霊で挑んだ悪役。そのすごみには唸らされる。
ちなみに、終盤のデモの場面では、監督の妻である女優のムン・ソリがさりげなく登場。自分が学生だった頃の経験を生かし、スクラムの組み方やスローガンを叫ぶ時のリズムをバスの上に立って指導したという群衆シーンは必見だ。
『ペパーミント・キャンディー』(1999)
前述した3作品を観た後で鑑賞すべき一作が、『ペパーミント・キャンディー』【2022年7月配信予定】だ。 1999年春、かつて工業団地で働いていた同僚たちが集うピクニックの最中に、突然迫りくる列車の前に立ちはだかったヨンホ(ソル・ギョング)。彼の「帰りたい!」という叫びとともに、ストーリーは彼の半生を遡って進み始める。
映し出されるのはヨンホが事業と株で儲けて順風満帆な人生を送っていた1994年、刑事として青年を拷問にかけた1987年、光州事件鎮圧作戦に投入された1980年。そう、ヨンホの姿は、『光州5・18』に登場する戒厳軍や『1987、ある闘いの真実』の警察官と一致する。つまり、軍事政権側の人物、すなわち歴史の加害者とされる人物だ。だが、ヨンホが光州事件に投入されたのが兵役中であったことが示すのは、加害者とされる人もまた、時代に翻弄された犠牲者だったという事実だ。
冒頭で紹介した『光州5・18』を薦めた韓国人女性は、今も光州に住んでいる。彼女によると、戒厳軍のなかで、当時のことを公の場で語る人は、いまだほとんど存在しないという。
参考文献:
「『5.18の全国化のために』キム・ジフン監督インタビュー」、民主化運動記念事業会、2009年1月22日
「5.18光州抗争市民軍のその後を追う…ドキュメンタリー映画『キム君』23日に封切り」、ハンギョレ新聞、2019年5月8日
「語られざる韓国現代史の闇に切り込む『1987、ある闘いの真実』チャン・ジュナン監督インタビュー」、ハフポスト、2018年9月12日