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2022.02.01

コンテンツ大国勝利の原点 栄光の韓国映画史③

90年代 ルネサンスの再来~スタイルを確立し若者たちの心を捉えた韓国映画~

桑畑優香

『接続 ザ・コンタクト』

「韓国映画だけど、面白かったね!」

 異変のさざ波を感じたのは、そんな一言だった。

 1997年9月、韓国の映画館である作品を見終えた直後の友人の笑顔が忘れられない。ソウルに留学していた私は、大学と寮という日々往復している空間以外の韓国社会を垣間見たくて、人気の映画をできるだけ観ようとしていた。でも、留学生の理解力では、セリフや背景など消化しきれない部分もいっぱい。「ネイティブの韓国人と一緒に観たら、映画についておしゃべりして理解も深まり、楽しいはず…」と、大学の友人を数人誘ってみるも、いつもフラれてしまう。「韓国映画はツマラナイ。ハリウッド作品だったら一緒に行くよ」というのが、お決まりの返事だった。

『接続 ザ・コンタクト』

 そんななか、二つ返事で「見に行く!」と乗ってきて、「面白かったね!」とまで言うとは。その作品のタイトルは接続 ザ・コンタクト(1997)【2022年1月31日~3月1日配信】だった。

『接続 ザ・コンタクト』

 タイトルが象徴するように、それぞれ私生活(主に恋愛)で悩みを抱える孤独な男女がPC通信で偶然「接続」し、メッセージを介して交流しながら愛情を深めていく物語。パソコンを通じた出会いという当時としては至極未来的なテーマや、必須アイテムだったポケベルはもちろん、チョン・ドヨン扮するケーブルテレビのショッピング番組のテレホンオペレーターという職業や、大都会で一人暮らしをする生き方も、すべてが最先端でおしゃれ。90年代の日本の語彙でいうところの「トレンディ」なメロドラマだった。67万人を動員し、その年の韓国映画興行2位を記録する大ヒット。クライマックスでかかるサラ・ヴォーンの名曲「ラヴァーズ・コンチェルト」もカフェやショップなど街中で流れ、韓国映画として初めてリリースされたOSTは70万枚以上売れたという。

『接続 ザ・コンタクト』

 70年代から80年代にかけ、政府の検閲や統制のもとで暗黒のトンネルの中を進んでいた韓国映画。1990年代は、「ルネサンスの再来」といわれている。

 民主化の気運が高まるとともに、広まった表現の自由。そして、制作スタイルの変化。大きな転機をもたらしたのは、「企画映画」の誕生だ。企画映画とは、映画企画会社がサムスンなどの企業から製作費を調達し、マーケティングに基づいて製作する作品をさす。その旗手とされた会社のひとつが、『接続』を手がけたミョンフィルムだった。従来の監督の感性を重視した芸術作品から一転、大衆性を目的としたトレンディな商業映画は、民主化後に台頭した新世代(K-POPでは、ソテジワ・アイドゥルやTWICEの育ての親J.Y.Parkらが該当)の若者たちの心をぎゅっと捉えた。

『ビート』

 若者の現実に寄りそう企画映画。JAIHOでプレミア配信となるビート(1997)【2022年2月26日~3月27日配信】もそのひとつだ。監督はノワールの傑作『アシュラ』(2016)のキム・ソンス。「ミーティング」と呼ばれた合コンや、ダンスミュージック、ピアスをした青年。流行のカルチャーをちりばめながら描くのは、「ソウル大に入れなければ死ね」と言い放つ親との葛藤や、学歴社会からドロップアウトして飲食店に未来を託す男と富裕層出身の女のアンバランスな純愛だ。

『ビート』

 漢江の奇跡と称された急速な経済発展が高所安定となった1990年代半ば。90年には31.4%(男性)と29.3%(女性)だった大学進学率は、99年には61.5%(男性)55.9%(女性)と一気に倍近く跳ね上がる。そんななか、置いてきぼりとなったアウトサイダーたち鬱屈した気持ちをストレートに表現した本作は、若者の大きな共感を呼ぶ。主演のチョン・ウソンは、韓国のジェームス・ディーンと呼ばれ、時代のアイコンへと踊り出た。

『八月のクリスマス』

 そう、90年代は映画の中の男性像も変化を迎えた時期だった。モデル出身のチョン・ウソンはじめ、イ・ビョンホンやチャン・ドンゴンなど日本の韓流初期をけん引したスターが、この頃映画界で浮上し始める。だが、アイドル的な人気を博したトップスターといえば、『接続』にも主演したハン・ソッキュだった。韓流基準のイケメンとは趣を異にするかもしれないが、彼の魅力は家父長制からぬけ出した「女性を束縛しない主人公」が似合うところ。それは1998年のヒット作八月のクリスマスでの死期を悟った写真館の青年役でも実証済みだ。

『ナンバー・スリー』

 そんなハン・ソッキュが演技の幅広さを見せたのが、ナンバー・スリー(1997)【2022年2月23日~3月24日配信】だ。演じたのは、ワルなチンピラ。とはいえ、重苦しくなく随所にコミカルでポップな雰囲気を漂わせているのが、ハン・ソッキュのバランス感覚の巧みさであり、本作が「旧来の重苦しいやくざ映画とは違う」と評された根拠でもある。また、『ナンバー・スリー』は、当時ドラマ俳優だったチェ・ミンシクが映画の役者へと脱皮。さらに、演劇出身の無名俳優だったソン・ガンホが注目を浴びた作品でもある。

『クワイエット・ファミリー』

 クワイエット・ファミリー(1998)【2022年1月17日~2月15日配信】は、ソン・ガンホのもうひとつの出世作。甘い人生(2005)【2022年2月12日~3月13日配信】、『悪魔を見た』(2010)などで知られる鬼才キム・ジウン監督の長編デビュー作だ。山奥のペンションを舞台にした、密室劇型のブラックコメディー。1996年に韓国中を震撼させた江陵武装ゲリラ浸透事件(韓国内にいる工作員を回収しに来た北朝鮮の潜水艦が座礁し、乗組員と工作員26人が江原道江陵市一帯に逃亡した事件)を部分的にモチーフとしているあたりは、社会派コメディーともいえるだろう。シュールな演技で魅せたソン・ガンホは、その後キム・ジウン監督の『反則王』(2000)に主演。さらに『グッド・バッド・ウィアード』(2008)『密偵』(2016)でもタッグを組んでいる。

 この時期、韓国社会は、再び大きな転換期を迎える。1997年、通貨危機に直面した韓国政府は11月国際通貨基金(IMF)の救済を受けることを余儀なくされる。企業の倒産も相次ぎ、多くの人が職を失った。そんな暗鬱とした時代の真っただ中を映し出したのが『アタック・ザ・ガス・ステーション!』(1999)【2022年3月配信予定】だ。野球選手になりたかった、音楽を仕事にしたかった、画家になりたかったetc.夢に破れた若者4人が「ただなんとなく」ガソリンスタンドを襲撃。「建国、ふたたび始めよう」(金大中大統領)「普通の人々の偉大な時代」(盧泰愚大統領)という、歴代大統領がかかげたキラキラスローガンの額縁を壊すシーンを合間に挟み込むなど、小市民の怒りをスタイリッシュな映像でテンポよく表出させた。テーマは重くとも、見せ方は軽やかでクール。コミックアクションの新境地を拓いたと称賛されるエポックメイキングな作品だ。

 ちなみに、『アタック・ザ・ガス・ステーション!』が公開された1999年の韓国内での観客動員数1位はハン・ソッキュ、ソン・ガンホ、チェ・ミンシクがそろい踏みで出演した韓国映画の金字塔、『シュリ』。奇しくもIMF直前にサムスンが最後に投資した作品がブレークした形だ。

 ラブストーリー、ノワール、ブラックコメディという今の韓国映画を代表するジャンルが生まれた90年代。ハリウッド作品のような映像を武器に、トレンドの風をつかみつつ社会を問うスタイルを確立した韓国映画は、『シュリ』の大ヒットをバネに、新たな投資を呼び込み、「韓国型ブロックバスタームービー」への時代へばく進していく。

参考文献:

「韓国映画史」(キム・ミヒョン責任編集、根本理恵訳、キネマ旬報社)

「韓国映画祭1946-1996 知られざる映画大国」(朝日新聞社)

「韓国映画100年史――その誕生からグローバル展開まで」(鄭琮樺著、野崎充彦・加藤知恵訳、明石書店)

「韓国映画100選」(韓国映像資料院編、桑畑優香訳、クオン)

「韓国映像資料院」公式HP

「韓国映画100年100景」韓国映画100年記念事業推進委員会

「企画映画10年忠武路のビックバンを振り返る」『CINE21』2002年7月

【『接続 ザ・コンタクト』作品ページ】

『接続 ザ・コンタクト』予告編

【『クワイエット・ファミリー』作品ページ】

『クワイエット・ファミリー』予告編

【『ビート』作品ページ】

【『ナンバー・スリー』作品ページ】