2020年はラインアップこそ発表したものの開催中止、2021年は時期を7月にずらしてリアルで開催されたカンヌ映画祭が2年ぶりに本来の5月17日から28日に開催される。先日発表されたラインアップには世界最高の映画祭に相応しく、デヴィッド・クローネンバーグ、ダルデンヌ兄弟、クリスチャン・ムンジウ、イエジー・スコリモフスキ、是枝裕和などアート映画の巨匠たちの新作が顔をそろえた。
ウクライナとロシアの戦争が継続される中、今年のカンヌ映画祭で両国の映画が上映されるのかどうかは大きな注目を集めていた。特に、ヨーロッパを中心にロシアのアーティストやスポーツ選手が締め出されるケースが頻発する中、ロシア映画が選ばれるのかどうかは今後の世界の国際映画祭の動向にも大きな影響を与えるとみられていたが、メインのコンペティションには前評判通りにキリル・セレブレンニコフが大作曲家チャイコフスキーの妻を描いた『Tchaikovsky’s Wife』が選出された。セレブレンニコフの作品がカンヌ映画祭コンペに選ばれたのは2018年の『レト』、2020年の『インフル病みのペトロフ家』に続いて3度目であるが、これまでセレブレンニコフがレッドカーペットに姿を見せることはなかった。恐らくはプーチン政権批判を繰り返したことが原因で(公式な罪状は主宰する劇場の資金横領)ロシア国外に出国することが禁じられていたからである。だが、今年刑期が明け、ドイツに出国したセレブレンニコフは、間違いなくカンヌ映画祭に参加するだろう。新作の映画の内容も興味深いが、それ以上に現在のウクライナ情勢についての発言が世界の注目を集めることは間違いない。
一方、かつて『ドンバス』が2018年カンヌ映画祭「ある視点」監督賞を受賞し、現在のウクライナ映画を代表とする監督として知られるセルゲイ・ロズニツァの新作『The National History of Destruction』も特別上映作品として選ばれている。本作はW.G.ゼーバルトの原作に基づき、ドイツの戦争と文学を考察するドキュメンタリーと言われているが、やはりウクライナ情勢についての発言がカンヌ映画祭を機会に発信される可能性は大きい。ロズニツァの劇映画作品としてはこれまで2010年に『My Joy』、2012年に『霧の中』、2017年に『ジェントル・クリーチャー』【2022年6月配信予定】がカンヌ映画祭コンペに選ばれているが、このうち6月にJAIHOで配信される『ジェントル・クリーチャー』は、獄中にいる夫に送った荷物が返送されてきたため、夫の行方を捜しにゆく女性を通して魑魅魍魎のうずまくロシア社会の暗部をあぶり出す怪作だ。これまでなぜか日本で紹介されていなかっただけに、必見である。
フランスを代表する映画祭だけに、今年のカンヌ映画祭でも多くのフランス映画がワールド・プレミア上映される。オープニング作品の『キャメラを止めるな!』は、2017年に大ヒットした日本映画『カメラを止めるな!』を『アーティスト』のミシェル・アザナビシウスがリメイクした作品だ。コンペティションにもクレール・ドゥニの『Stars at Noon』、アルノー・デプレシャンの『Brother and Sister』など、4本のフランス映画が選ばれている。特に1992年の長編デビュー作『魂を救え!』を始めとして8本の作品がコンペ部門に選ばれているデプレシャンは”カンヌ映画祭の申し子”とも言うべき映画作家だ。
1990年代にデビューしたフランスの監督たちの中では、このデプレシャンと昨年のコラムで紹介したブリュノ・デュモンが“カンヌ映画祭の申し子”としては双璧だろう。そのデュモンの作品の中で、日本未上映だった『スラック・ベイ』【2022年5月7日~7月4日配信】がついにJAIHOで紹介されるのは嬉しいニュースである。ジュリエット・ビノシュを始めとする豪華キャストを起用し、2016年カンヌ映画祭のコンペティションを震撼させた作品だ。なお、この作品に出演しているヴァレリア・ブルニ=テデスキがルイ・ガレルを主演に迎えて監督した新作『The Almond Tree』も今年のカンヌ映画祭コンペティションに選ばれている。
著名な監督の新作とともに、新しい映画作家の発見の場であることもカンヌ映画祭の特徴だ。20作品が選ばれた「ある視点」部門には8本もの監督デビュー作が含まれている。そのうちの一つは、日本の早川千絵監督が安楽死が合法的となった近未来を描いた『PLAN 75』だ。早川監督は2014年に学生映画を対象とするカンヌ映画祭シネフォンダシオン部門に短編映画『ナイアガラ』が選出され、その後2018年にオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』の一つのエピソードを監督。その題材を長編劇映画として作り上げたのが『PLAN 75』だ。このような形で多くの新人監督のデビューを助けてきたのもカンヌ映画祭の大きな功績である。
コロナ禍で開催されなかった2020年に公式作品に選出されたジョージアの女性監督デア・クルムベガシュヴィリのデビュー作『BIGINNING/ビギニング』【2022年5月9日~7月7日】も衝撃的な作品だ。宗教団体を主宰する夫の留守中に起こる悪夢のような出来事に見舞われる女性を主人公とするこの作品は、その後スペインのサン・セバスチャン映画祭のコンペティションに選ばれ、最優秀作品賞を始めとする4つの賞を受賞するという栄誉に輝いた。『闇のあとの光』で2014年カンヌ映画祭の監督賞を受賞したメキシコの映画作家カルロス・レイガダスがエグゼクティブ・プロデューサーに名前を連ねているが、それもうなずける特異な作品で、必見である。