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2022.02.02

傑作たちが世に出る登竜門 世界の映画祭を見る③

ベルリン~独自の進化を続ける刺激的な映画祭~

市山尚三

©Getty Images

 第1回ベルリン映画祭が開催されたのは1951年。東西冷戦の真っ只中に東ドイツ内の飛び地である西ベルリンで開催される映画祭は、その背景に政治性を感じさせるものだったと言われている。つまり、東側の人々の眼前で西側文化の華やかさを見せるというもので、実際にその当時多くのハリウッド・スターたちがベルリンを訪れたことが記録されている。このため、上映作品は基本的に西側の作品ばかりで、東側の作品はモスクワ映画祭やチェコのカルロヴィ・ヴァリ映画祭でプレミアを飾ることが多かったという。

 この流れに大きな変化が起こるきっかけを作ったのが1970年のコンペに選ばれたドイツ映画『OK』(監督:ミヒャエル・フェアホーフェン)である。ベトナム戦争を批判したこの作品に対し、アメリカ人審査員を含む数名の審査員が審査拒否の態度をとったため、この年の映画祭は受賞者なし、という異常な結末となった。この事件をきっかけに、本選であれば物議を醸しそうな作品であっても独自の視点で作品を選ぶ独立した部門としてフォーラム部門が設立された。フォーラムでは本選がそれまで選んでいなかったソ連や東欧の映画を積極的に紹介し、それに触発されるように本選でも東側の映画が選ばれるようになるなど、本選とフォーラムがいい意味でのライバル関係を築きながらベルリン映画祭の地位を築いてきたと言える。

 2001年はベルリン映画祭にとって大きな転換期と言える年である。1980年から本選のディレクターを務めてきたモリッツ・デ・ハデルン、フォーラム部門開設からディレクターを務めてきたウルリッヒ・グレゴールが共に勇退し、ディーター・コスリックが新ディレクターに就任したのである。フォーラム部門のディレクターにはクリストフ・テルヘヒテが内部昇格したが、コスリックはテルヘヒテを本選コンペの選定委員会のメンバーに抜擢。つまり、テルヘヒテはフォーラムの作品選定を行いつつ、コンペの選定にも関わることになった。このため、これまで本選とフォーラムの間にあった緊張感が失われた、とみる向きもあったが、その作品にとってどの部門でお披露目されるのがベストであるかがわかりやすくなったという点で、映画祭としての一つの進化とも言えるだろう。

『涙の塩』

 2020年、若手育成プログラム「ベルリナーレ・タレンツ」、映画製作支援基金「ワールド・シネマ・ファンド」など映画祭が映画上映以外に行うべきことに大きな功績を残したコスリックの勇退を受け、それまでロカルノ映画祭のディレクターを務めていたイタリア人批評家カルロ・シャトリアンが新ディレクターに就任し、ベルリン映画祭は新たな局面を迎える。この2020年のコンペのラインアップは、選ぶ人が変わるとここまで変わるものか、というぐらい一変した。コスリック好みのオーソドックスな社会派作品が影をひそめ、ケリー・ライカート、リティー・パンなどベルリン映画祭コンペ初参戦のアート映画の監督たちの作品が並んだ。そのうちの一つがフィリップ・ガレルの涙の塩【2022年2月7日~4月7日配信】だ。ガレルのこれまでの作品はカンヌやベネツィアでプレミアを飾ることが大半で、デ・ハデルン時代にはベルリンに応募して落選した、という噂が流れたことすらあった。

『涙の塩』フィリップ・ガレル監督(右)

 『涙の塩』はガレルがこれまで描いてきた様々な要素が凝縮された珠玉の作品だが、この巨匠の新作に出会える場としてベルリンが新たに加わったことは喜ばしい。

『荘園の貴族たち』

 また、シャトリアンは就任にあたって新部門「エンカウンターズ」を設立。私は光栄なことにその初代の審査員を務めさせてもらったが、劇映画、ドキュメンタリー、アニメーション、実験映画など、ありとあらゆるジャンルが混交された刺激的なラインアップを堪能した。その「エンカウンターズ」部門で最優秀監督賞を受賞したのがルーマニアの鬼才クリスティ・プイウの『荘園の貴族たち』【近日配信予定】だ。カンヌ映画祭「ある視点」賞を受賞した『ラザレスク氏の最期』で知られ、カンヌの常連という印象が強いプイウの長編映画がベルリンでプレミアを飾るのは初めて。

『荘園の貴族たち』クリスティ・プイウ監督

 映画はロシアの作家ソロヴィヨフの原作をもとにした会話劇で、ほとんどが貴族の邸宅の中で展開されるが、その流麗かつ刺激的なカメラワークには舌を巻く。3時間半近い上映時間の中、弛緩する瞬間が一秒たりとないという恐るべき傑作だ。話題の多くは第一次世界大戦前夜のヨーロッパの政情についてだが、それが分断の進む近年のヨーロッパに不気味に重なる点も興味深い。

『アーフェリム!』

 ロマ差別の横行する19世紀初頭の東欧をモノクロで西部劇風に描いた異色の傑作アーフェリム!【2022年2月17日~4月17日配信】でベルリン映画祭監督賞を受賞したもう一人のルーマニアの鬼才ラドゥ・ジューデはコスリック時代のベルリンの発見と言える作家だが、ディレクターがシャトリアンに変わってから2年目の2021年、アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ(2022年4月23日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー)でベルリン映画祭金熊賞を受賞。もっとも、シャトリアンはロカルノ映画祭時代に『アーフェリム!』の次作『Scarred Hearts』をコンペに選んでいるので、これは必然的な流れだったと言えるだろう。因みに、ジューデは長編劇映画のみならずドキュメンタリーや短編も精力的に発表しており、2020年には2本のドキュメンタリーがベルリンのフォーラム部門に選ばれている。

ラドゥ・ジューデ監督

 2022年、ベルリン映画祭は大方の予想をいい意味で裏切ってコロナ禍にも関わらずリアルで開催されることになっている。昨年『偶然と想像』で銀熊賞を受賞した濱口竜介が審査員の一人を務めるが、思い返せば『ハッピーアワー』を2015年ロカルノのコンペに選んだのはシャトリアンだった。また「エンカウンターズ」部門では三宅唱監督の『ケイコ 目を澄ませて』が選ばれたが、三宅の監督第2作『Playback』も2012年ロカルノのコンペに選ばれている。長い歴史を持つベルリン映画祭に新しい風がふき、その中心に日本の若い映画作家たちが存在しているとは、何と喜ばしいことだろうか。