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2023.10.07

沸騰する世界最大の映画大国 インド映画縦横無尽㉔

『女盗賊プーラン』について思い出すこと

松岡環

『女盗賊プーラン』

1.インド映画と盗賊

 インドにおける盗賊、ヒンディー語では「ダカイト」または「ダコイト(これが英語に入ってdacoitとなった)」、あるいは「ダーク-」と呼ばれる集団は、「悪人」のイメージと共に「義賊」のイメージも有している。ヒンディー語で「バーギー(反逆者、反乱者)」とも呼ばれる義賊たちは、政府や村の支配者である上位カーストの人間に楯突いて、村を捨てて荒野に根城を築き、富める者から金品を略奪する者たち、というイメージである。
 インド映画では古くから、この両方のイメージを持つ盗賊が登場したが、多くは『』(1975)【常時配信中】に登場したガッバル・シンのように極悪人という描き方で、最後には主人公に退治されてしまう存在だった。一方、義賊のイメージで描かれたものには、ヴィノード・カンナー、カビール・ベーディー主演の『Kucche Dhaage(ラクシャー・バンダンの契り紐)』(1973)、サニー・デーオール主演の『Dacait(盗賊)』(1987)、そして実在の人物を描いたイルファーン・カーン主演の『Paan Singh Tomar(パーン・シン・トーマル)』(2012)等々があるが、実在した盗賊たちのうちで名を馳せた者は、多かれ少なかれ義賊としての側面を持っていたようである。
 彼らの最後は様々だが、本作『女盗賊プーラン』(1994)【10月23日まで配信】の主人公プーラン・デーヴィーは、手ひどいカースト差別、女性差別に反抗して盗賊団を率いたものの、最後には政府と警察に投降する道を選んだ。反逆者、義賊と見なされたプーランは、1983年の投降後11年間獄に繋がれていたが、そのイメージは消えず、1994年の釈放から2年経った1996年、サマージワーディー(社会主義者)党から立候補して国会議員に当選する。だが、二期目の議員として活動中の2001年、ニューデリーの自宅前で3人の男に襲われ、射殺された。37歳だった。
 他にも、タミル・ナードゥ州とカルナータカ州とをまたにかけて、政治家等要人の誘拐や、象牙とサンダルウッドの密輸などで暴れ回った立派な口ひげのダコイト、ヴィーラッパンは、指名手配されたあと2004年にタミル・ナードゥ州特捜隊によって射殺された。彼を主人公にした映画も、カンナダ語やヒンディー語で複数作られている。経済発展した現在では実在のダコイトは減少していると思われるが、それでも人々の持つ義賊イメージは根強く残っているようだ。

『女盗賊プーラン』

2.『女盗賊プーラン』の素晴らしい俳優陣

 本作の舞台となっているのは、北インドのチャンバル渓谷と呼ばれる地域である。ヤムナー川の支流であるチャンバル川流域に広がる地帯で、西はラージャスターン州から始まってマディヤ・プラデーシュ州を通り、UP州でチャンバル川がヤムナー川に合流するあたりまで続く。川の流域と言っても耕作地は少なく、不毛の大地が雨によって削られ、あちこちにこぶのような台地を残した荒涼たる風景が広がる。身を隠すのに適しているのか、北インドのダコイトたちはチャンバル渓谷に潜み暮らすことが多かった。
 本作もそのチャンバル渓谷を背景に物語が進行するが、あらためて出演者リストを見てみると、現在の名優たちの多くが本作でデビュー、あるいは世に認められたことに驚いてしまう。シェーカル・カプール監督のキャスティング眼の確かさに舌を巻く思いだが、シェーカル・カプール自身、本作以前は娯楽映画の監督と目されていて、前作は大ヒットした娯楽大作『Mr.インディア』(1987)だったため、『女盗賊プーラン』は大いに驚きを持って迎えられたのだった。

ニルマル・パーンデー

 俳優たちを見てみると、プーラン役のシーマー・ビスワースはこれが2作目だが、実質的なデビュー作と言ってよく、続いてすぐ、サンジャイ・リーラー・バンサーリーの監督デビュー作『Khamoshi: The Musical(沈黙のミュージカル)』(1996)に、ヒロインの母親役として起用されている。ナーナー・パーテーカルと共に、主人公の聾唖の両親という難役をこなし、再び注目された。
 ヴィクラム役のニルマル・パーンデーは、その後もニューシネマ寄りの作品で主役を務め、娯楽作品では脇役として様々な作品に出演したものの、2010年に心臓発作で早世した。ヴィクラム亡き後プーランを助ける盗賊マン・シン役のマノージュ・バージペーイーに関しては、説明する必要はないだろう。JAIHOで配信された『血の抗争 Part1』(2012)【常時配信中】始め、骨のある作品には欠かせぬ俳優として、『アリーガルの夜明け』(2016)等、多くの作品に出演している。
 その他、プーランの従兄役ソウラブ・シュクラーは、ユーモラスな演技が清涼剤的存在だったが、現在は人気コメディ俳優として、JAIHO配信の『弁護士ジョリー』(2017)の裁判長役や、『PK/ピーケイ』(2014)の新興宗教教祖役などで達者な演技を見せている。同じくコメディ俳優として、2018年に『Badhaai Ho(おめでとう)』で大ブレイクしたガジュラージ・ラーオも本作に出演している。プーランをレイプしようとした村長の息子役だったのだが、今回見直すまでまったく気がつかなかった。JAIHO配信作では、『ルートケース』(2020)での悪徳議員役が印象に残る。 その他、盗賊マド役のラグヴィール・ヤーダウと、プーランが頼る盗賊の首領バーバー・ムスタキム役のラージェーシュ・ヴィヴェークは、のちに揃って『ラガーン』(2001)に出演するなど、将来の名優が揃っていたのが『女盗賊プーラン』だった。

マノージュ・バージペーイー(左)とシーマー・スワース(右)

3.日本での『女盗賊プーラン』

 この作品は当初、原題をカタカナ書きした『バンディット・クイーン』の邦題で、1994年の第7回東京国際映画祭・京都大会、別名「京都国際映画祭」で上映された。私が字幕翻訳を担当することになったため、最初の保税試写(プリントが日本に届いて、まだ通関していない状態での試写)から見せてもらうことになった。
 国際映画祭では、基本的に参加作品はノーカット上映だが、それでも各国の検閲基準も考慮されるため、1985年から始まった日本初の国際映画祭である東京国際映画祭では、当初ぼかしを入れたりすることもあった。この作品も後半に、プーランが全裸にされて水汲みをさせられるシーンがある。そのため試写の終了後には映画祭の関係者から、「全裸シーンがあるけれど、ロングのショットだし、ぼかしを入れなくても大丈夫でしょう」と言われたのを憶えている。
 私が関わったことから、映画祭カタログの人名表記もほぼ正確にカタカナ書きしてもらうことができ、「監督:シェーカル・カプール」になっている。後年、彼の監督作品『エリザベス』(1998)公開時にはこの監督名が「シェカール・カプール」と誤記され、ひどくがっかりしたものだが、映画の知名度としては『エリザベス』の方が上のため、いまだにこの誤記がまかり通っていたりする。
 『バンディット・クイーン』は映画祭での上映後、東北新社による配給が決まり、邦題を『女盗賊プーラン』と改めて1997年10月25日より公開された。ただ、知名度の低いインド映画だったため、先行モーニングショーで4週間、11月22日からはレイトショーで上映という、変則的な形で公開された。このため、古くからのインド映画ファンでも、劇場で見ている人は少ないのではと思う。
 『女盗賊プーラン』はその後ビデオも発売されたが、映画のチラシにも、ビデオのパッケージにも字幕翻訳者名のクレジットはない。当時はそれが一般的で、字幕翻訳者名の付記が定着したのは2000年代に入ってからである。本作は罵り言葉の多さなど翻訳に苦労したほか、公開時には配給会社東北新社の方にいろいろ手直ししてもらったため、あちこちの字幕が思い出深い。1カ所だけ、地名「カンプール市」は正しくは「カーンプル市」なので、若気の過ち(?)をいつか直すチャンスがあることを願っている。

『女盗賊プーラン』

 

【『女盗賊プーラン』作品ページ】