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2021.08.27

沸騰する世界最大の映画大国 インド映画縦横無尽③

粒揃い3本立ての初秋ラインアップ

松岡環

『弁護士ジョリー』

 このたびラインアップに加わるインド映画は3本。いずれも見応えのある作品で、しかも映画のカラーがすべて違うという、粋なセレクションになっている。製作年の新しい順に、それぞれの見どころをお伝えしたい。

1.URI/サージカル・ストライク【9月18日~10月17日配信】

 日本ではDVDスルーで発売された2019年の作品(IMDbの製作年は2018年)だが、1月11日に公開されると4週間で30億ルピー(当時のレートで48億円)の興収をあげ、この年の前半期間中ずっと興収1位を守り続けた大ヒット作である。最終的には『SAAHO/サーホー』【近日配信予定】や『WAR ウォー!!』に抜かれて年間興収第4位となったが、『SANJU/サンジュ』(2018)で頭角を現したばかりの若手俳優ヴィッキー・コウシャル主演作としては大健闘し、人々を驚かせた。

『URI/サージカル・ストライク』

 実際にインドで起きた事件の映画化で、2015年に北東インドのマニプル州で起きた陸軍部隊襲撃事件とその報復攻撃から始まり、翌2016年に北のジャンムー・カシミール州ウリの駐屯地が襲われて19人の兵士が死亡した事件と、それに対するインド軍の報復作戦が描かれる。山場となるのは、ウリ襲撃事件がイスラーム教徒過激派ゲリラによるもので、インドとパキスタンの停戦ライン(LOC=Line of Control)を越えたカシミールのパキスタン支配地域(POK=Pakistan Occupied Kashmir)にある彼らの拠点を突きとめ、インド軍が「サージカル・ストライク(軍事目標へのピンポイント攻撃)」をかける場面である。そこまでが、5章に分かれてスピーディーに描かれていく。

『URI/サージカル・ストライク』

 主人公は、北東インドでのゲリラ拠点壊滅作戦の指揮を執ったヴィハーン少佐(ヴィッキー・コウシャル)。彼の自宅はデリーにあり、母が認知症となってその介護のため除隊を申請するが、慰留されて事務方の任務に就く。近所には姉夫婦も住み、姉の夫はヴィハーンの同僚カラン少佐(モーヒト・ライナー)だった。ところがカランはウリ襲撃事件で犠牲となり、ヴィハーンは現場に復帰、その後の作戦の指揮を執る。軍事行動のアクション場面の合間に、母親の介護やそれに対する軍の介入、事務室で勤務する同僚女性軍人の抱える問題といったエピソードが差し挟まれ、また首相顧問(パレーシュ・ラーワル)の奇妙なクセなどによって緊張感を解きながら、クライマックスへと突き進む脚本が巧みだ。

『URI/サージカル・ストライク』

 ウリ襲撃事件が9月18日、それに対するサージカル・ストライクが9月28日深夜というか29日未明で、その間の緊迫した展開には手に汗を握らされる。インドの軍隊アクション映画としては、出色の出来と言っていいだろう。パキスタン領に侵入すると決めた時のインド政府の苦しい言い訳など、問題が残る部分もきちんと描かれ、印パの関係をあらためて考えさせてくれる作品となっている。

『弁護士ジョリー』

2.弁護士ジョリー【9月9日~10月8日配信】

 インド映画には、法廷シーンがよく登場する。21世紀に入ってからは減ったが、1970・80年代はひんぱんに法廷シーンが出て来るので、撮影所には裁判所セットが常設されていたほどだ。日本公開作でも、『裁き』(2014)や『神さまがくれた娘』(2011)で法廷が重要な役割を果たしていたが、『弁護士ジョリー』(2017)も法廷が見せ場の物語である。

『弁護士ジョリー』

 とは言え幕開けは、10年生修了時に実施される全国テストらしき場で、堂々とカンニングが行われているシーンなので唖然とする。カンニングの指導役で登場するのが弁護士資格を持つジョリー(アクシャイ・クマール)で、高名な弁護士の万年助手。何とか独り立ちしたいのだが、事務所を構える資金が足りない…ということから、依頼人の金を一時無断で借りてしまう。前半ダメダメ人間で、ある出来事をきっかけに立ち直って正義に目覚める、というありがちのパターンだが、アクシャイ・クマールがいいかげんだが根は好人物、というジョリーを上手に演じていてチャーミングだ。

『弁護士ジョリー』

 実はこの『弁護士ジョリー』は、原題に「2」がついているように続編なのである。作品紹介でも述べられているが、前作はアルシャド・ワールシーが主人公を演じ、デリーの裁判所で物語が進行した。今回は北インドの地方都市ラクナウが舞台となり、同じジョリーというあだ名で呼ばれてはいるが、前作のジョリーとは異なる男が主人公、という設定である。ただ、ベテラン俳優ソゥラブ・シュクラーが演じる裁判官トリパーティだけは前作から引き継いだキャラクターで、劇中ジョリーと初めて顔を合わせた時にトリパーティが「デリーに兄弟がいるのか?」と聞くのはそれを踏まえたギャグである。

 政治記者から2001年に映画製作に転じたスバーシュ・カプール監督は、前作でも悪徳警官や金まみれの大物弁護士らの姿をコミカルかつシビアに描いて庶民の共感を呼んだが、『弁護士ジョリー』では法廷シーンの茶番劇をさらに過激化させ、ヒットに導いた。

『ガンジスに還る』
© Red Carpet Moving Pictures

3.ガンジスに還る【8月30日~9月28日配信】

 『ガンジスに還る』(2016)はシュバシシュ・ブティアニ監督の初監督作品であり、原題を「ムクティ・バワン(解脱の家)」、英語タイトルを「Hotel Salvation」と言う。ヴェネチア国際映画祭ビエンナーレ・カレッジ・シネマ部門の作品賞を始め、国内外で多くの賞を受賞して注目を集めた作品で、そこはかとないユーモアも含んだ、心にしみ入るような物語が展開する。

『ガンジスに還る』
© Red Carpet Moving Pictures

 老人ダヤ(ラリット・ベヘル)は、幼い頃の夢を見て、自分の死期が近いと思い始める。死ぬならバラナシに行って死ぬ。なぜなら、聖地バラナシは天界に通じているので、そこで死ねば即、解脱できるからだ。息子(アディル・フセイン)や嫁(ギータンジャリ・クルカルニ)は止めるが、ダヤの決心は固く、仕方なく息子が付き添ってバラナシのゲストハウス「解脱の家」へ。住人の寡婦ヴィマラ(ナヴニンドラ・ベヘル)がいろいろと助けてくれ、話を聞くと、彼女は一緒に来た夫が先に亡くなり、もう18年もここで暮らしているという。ゲストハウスの居住期限は15日間。15日間で、そんなに都合よく死ねるのだろうか…。

シュバシシュ・ブティアニ監督

 1991年生まれのブティアニ監督は、「見たことのない土地に行ってインドを再発見してみたい」と思い立ち、インド中をあちこち回って、最後にバラナシに行ったという。そこで「死を迎えるためのホテル」の存在を知り、従業員や火葬場の人などに話を聞いてみると、意外にも笑ってしまうようなエピソードが多く、驚きと好奇心が芽生えたのだそうだ。そこから1年半ほどリサーチを重ね、脚本を書き上げたのが本作である。

『ガンジスに還る』
© Red Carpet Moving Pictures

 ともすれば、死の影を感じて気分が落ち込みそうな題材だが、どのシーンにも暖かな空気が流れ、時には笑いを誘われる。特にヴィマラのいるシーンは、童女のような微笑みがその場の空気を和ませる。実は、ダヤ役のラリットとヴィマラ役のナヴニンドラはご夫婦なのだ。監督はインタビューでこう語っていた。「ダヤ役はやはり存在感のある人でないと、と思っていたので、ラリット・ベヘルさんに声を掛けました。当時彼はニューデリーに住んでいたため、脚本を送ると、自分のオーディション・テープを送ると言ってくれました。その、演技を収録してくれた映像に、ナヴニンドラさんも登場していたのです。彼女のことは知らなかったのですが、彼女の声が経験と歴史とが宿っているような魅力的な声だったのと、当然ながら2人の間のケミストリーがすごくよかったので、彼女にも出てもらいました」

 だが残念なことに、ラリット・ベヘルは本年4月23日、新型コロナウィルス感染のために亡くなった。享年71。持病があったそうだが、息子を演じたアディル・フセインは「父親を二度亡くしたみたいだ」と嘆き、多くの人がその逝去を悼んだ。死の瞬間、ラリット・ベヘルの魂はバラナシのガートに立ち戻ったかも知れない、と思えてしまう『ガンジスに還る』である。

『ガンジスに還る』
© Red Carpet Moving Pictures

 インドでは7月半ばから8月末にかけて、新型コロナウィルスの1日の新規感染者数が3万5千人前後に落ち着き、映画館も7月30日から再開され始めた。ただ、各地でまだバラつきがあり、正常興行とは言いがたい。1つの指標になったのが8月19日のアクシャイ・クマール主演作『Bell Bottom(ベルボトム)』の封切りで、アクシャイ・クマール自身が映画館上映にこだわり、人々も大いに期待を寄せたが、初日の興収ははかばかしくなかった。ムンバイのあるマハーラーシュトラ州などで映画館が再開していないせいもあるが、以前のような旺盛な映画文化を取り戻すまでには、かなり時がかかりそうだ。