前回のコラム⑳に書いたように、あの後、4年ぶりにインドに行ってきた。今回のコラムは前回と内容が一部重なるところがあるが、インド現地レポートとして読んでいただければありがたい。
インドの新型コロナウィルスの新規感染者数は、今年の1月と2月は毎日100人前後という統計が続き、そのまま安定するかに見えた。私が行った2月末、街は4年前とほぼ変わらず、マスクをしている人を時たま見かける程度だったのだが、2週間後の帰国時には1日の新規感染者数が400人台に増加、現在は1万人前後まで戻ってしまっている。とはいえ、それでどうということもなく、映画館も通常通りの営業を続けていることから、今後は新規感染者数の少々の増減はあっても、それに関わりなく日常生活が続いて行くようだ。
今回のインド旅行の目的の一つは、1月25日に公開された久々のシャー・ルク・カーン主演作、ヒンディー語映画『Pathaan(パターン)』を見ることだった。『WAR ウォー!!』(2019)のシッダールト・アーナンド監督によるアクション映画で、シャー・ルクにとっては2018年12月公開の『Zero(ゼロ)』以来、丸4年ぶりの主演作である。その間、『ブラフマーストラ』(2022)等のゲスト出演作は何本かあったのだが、それぐらいでシャー・ルク・ファンの心は満たされるものではなく、「キング・カーン」主演作への渇望感は限界に達しようとしていた。
『パターン』は公開されると同時にすべての上映が満員になり、1つのシネコンの複数スクリーンで毎日数回上映されるヘビーローテーション作品となった。公開初日には、早くも1日でヒットの目安となる100カロール(10億)ルピー(17億円)を稼いでしまい、以後も勢いは衰えることなく、私が見た公開5週目でもほぼ全部のシネコンで1日複数回の上映が続いていた。3月22日にインドのAmazon Prime Videoで配信が始まってからはさすがに上映も終熄していったが、4月6日時点の興収総額は国内65億4千万ルピー、海外39億6千万ルピーの計105億ルピー(約179億円)に達した。インド映画の興収としては、『ダンガル きっと、つよくなる』(2016)、『バーフバリ 王の凱旋』(2017)、『RRR』(2022)、『K.G.F:Chapter 2』(2022)に次ぐ歴代第5位である。観客がいかに、「キング・カーン」の復活を喜んだかがわかろうというものだ。
『パターン』の主軸ストーリーは、インドの諜報機関RAWのエージェント「パターン」(シャー・ルク・カーン)が、インドに恨みを持つパキスタンの将軍に雇われた元RAWエージェント、ジム(ジョン・アブラハム)と対決し、彼らの攻撃からインドを守る、というものである。それに、パキスタンの諜報機関ISIの元エージェントであるルビナ(ディーピカー・パードゥコーン)がからみ、舞台はドバイからスペイン、パリからロシア、シベリアへと移動し、熾烈なアクションと、突然変異した天然痘ウィルスという武器を巡る攻防が繰り広げられる。出演者はほかに、パターンの上司としてディンパル・カパーディヤーが顔を見せ、珍しい女性上官役を好演している。
面白かったのは、『WAR ウォー!!』(2019)に登場したRAWのルトラ大佐(アーシュトーシュ・ラーナー)が登場することで、ルトラ大佐の話の中に『WAR ウォー!!』の主人公、リティク・ローシャンが演じたカビールの名前も出てくる。つまり『パターン』は、『WAR ウォー!!』の後日譚風に作ってあるのである。これは、両作品の製作会社ヤシュ・ラージ・フィルムズがこの2作と、サルマーン・カーンがRAWエージェント、タイガーを演じた2作、『タイガー 伝説のスパイ』(2012)と続編『Tiger Zinda Hai(タイガーは生きている)』(2017)の計4作を、「YRF(ヤシュ・ラージ・フィルムズ)・スパイ・ユニバース」と銘打った一連のシリーズにしようとしているためだ。今後も、『Tiger 3』(2023)、『War 2』(2024)、『Tiger vs. Pathaan』(2025)というラインアップが予定されている。
最後の予定作「タイガー対パターン」は、一足先に『パターン』で一部実現した。物語の中盤、囚われて別の場所に列車移送されるパターンを助けるために、タイガーが姿を現すのである。このサルマーン・カーン登場シーンは、5週目の上映でも場内が沸いていた。公開すぐの時に見たインド人の友人によると、当初の場内の沸き具合はすごかったらしい。「最初にシャー・ルクが登場したらウワーッ、途中でサルマーンが登場したらウワーッ。ソング&ダンスシーンはみんな立って踊ってたわよ」だそうである。このシーンで、パターンとタイガーは列車からかろうじて脱出するのだが、その後の2人の何気ない動作や会話がとてもいい感じで、ファンならずとも心にグッとくるシーンになっている。やはり大スターの貫禄はすごいものだ。
アクションシーンは、氷上でディーピカーがスピードスケート姿を披露するなど、2、3目新しいものはあるが、『WAR ウォー!!』の時ほどの驚きはない。しかしながら、シャー・ルク復活を言祝ぐような、暖かい雰囲気が全編にあって、それが見ている者を居心地よくさせてくれる。シャー・ルクとディーピカーが踊る2曲も、ジョーゼットを身にまとうような軽やかさがあり、特に「♫Jhoome Jo Pathaan(パターンが陶酔に身を任せたら)」の歌はクセになって、インド滞在中脳裏でヘビロテしていた。インドの人々、特に北インドの人々が待ち望んでいたのは、こういう開放感のある娯楽作品だったのだな、と認識を新たにした『パターン』だった。
『パターン』以外には、農村の学校に赴任した教師の奮闘を描くダヌシュ主演作『Vaathi(先生)』、ランビール・カプールとシュラッダー・カプール主演のラブコメ『Tu Jhoothi Main Makkaar(君はウソつき、僕はペテン師)』、アクシャイ・クマール主演の大スターと警官の行き違いを描く『Selfee(自撮り)』、ボリウッド若手スターでは一番人気のカールティク・アールヤーン主演の『Shehzada(王子)』などを見たが、いずれも客はよく入っていて、インド人はやはり映画好き、と思わせられた。『Vaathi』はタミル語映画で、あとはすべてヒンディー語映画だが、『Selfee』はマラヤーラム語映画『Driving Licence(運転免許証)』(2019)のリメイク、『Shehzada』はアッル・アルジュン主演のテルグ語映画『Ala Vaikunthapurramloo(ヴァイクンタプラムにて)』(2020)のリメイクである。これ以降も、タミル語映画『双璧のアリバイ』(2019)のリメイク『Gumraah(迷い道)』、同じくタミル語映画『囚人ディリ』(2019)のリメイク『Bholaa(ボーラー)』(2023)と、ヒンディー語映画は南インド作品のリメイクが目白押しだ。しかも、現在までの2023年興収10位中4本はリメイク作が占めているのだから、南インド映画の優勢ぶりは今年も顕著という予感がする。
映画料金はどの上映も大体200ルピー(340円)前後だったのだが、驚いたのはシネコンがペーパーレス化しつつあることで、お金を払うと「カメラ」と言われ、差し出したスマホでチケット画面を撮って返してくれる。これをスクリーン入り口で見せて、チケット代わりにするのである。ある時、紙のチケットがほしい、と言うと、カウンターから離れて別室に行き、プリントアウトしたものを面倒くさそうに持ってきてくれた。ただ、最初から紙チケットを出してくれるシネコンもあり、ペーパーレス化は同じシネコンの系列館でもまちまちのようだ。
4月末は、ヒンディー語映画ではサルマーン・カーン主演作『Kisi Ka Bhai Kisi Ki Jaan(誰かの兄貴、誰かの恋人)』が21日に、タミル語映画ではマニラトナム監督の『Ponniyin Selvan: 2(カーヴェーリ川の息子:2)』が28日に封切られる。サルマーン主演作は、韓国映画『国際市場で逢いましょう』(2014)のリメイクでコロナ禍前に32億5千万ルピーを稼いだ『Bharat(バーラト)』(2019)以来のヒットを目指し、また、ヴィクラム、カールティ、アイシュワリヤー・ラーイらオール・スターキャストの『PS-2』は、50億ルピーを稼いだ『PS-1』以上のヒットを目指す。それぞれの興行成績に注目が集まっている。