1.「南高北低」が続くインド映画界
2022年のインド映画界も、「南高北低」に終わりそうだ。つまり、南インド映画の方が勢いがあり、興収上位を占め、かつ興収トップ20の中でも多数を占める状態に、今年もなりそうなのである。
2015年に『バーフバリ 伝説誕生』が全インド映画の興収第2位を占めた時から、ボリウッド映画、つまりヒンディー語映画の寡占ぶりには陰りが見え始めたのだが、それでもその後、2017年『バーフバリ 王の凱旋』、2018年『ロボット2.0』とトップを南インド映画に譲ったものの、興収トップ20に占める本数の割合はヒンディー語映画が多数を占めていた。ところが昨年2021年はそれが崩れ、興収トップはテルグ語映画『Pushpa: The Rise-Part I(プシュパ:立身編・第一部)』、トップ20の内訳はヒンディー語映画4本対南インド映画15本、あとはハリウッド映画が1本、という構図になったのである。南インド映画の内訳は、テルグ語8本、タミル語5本、マラヤーラム語とカンナダ語がそれぞれ1本ずつだったが、ボリウッドはコロナ禍の影響が他の映画界より大きかったとは言え、ヒンディー語映画の凋落ぶりに注目が集まったのだった。
今年はまだ終わっていないため最終的な判断は下せないが、それでも現在のところ、南インド映画が興収のトップ3を占めていて優勢だ。インド映画歴代興収50位のリストに本年ランクインしたのは8作品で、タイトルと興収は以下の通り。『RRR』のようにまだ公開中の作品もあるため、順位も興収も暫定だが、南インド映画の勢いがヒンディー語映画を押さえていることが見て取れるだろう。
順位/作品名及び基本言語/興収(1ルピー=約1.7円)
1.『K.G.F:Chapter 2(コーラール金鉱地域:第2章)』カンナダ語
約125億ルピー
2.『RRR』テルグ語
約120億ルピー
3.『Ponniyin Selvan: I(カーヴェーリ河の息子Ⅰ)』タミル語
約50億ルピー
4.『Brahmastra: Part1-Shiva(ブラフマーストラ:第1部-シヴァ)』ヒンディー語
約43億ルピー
5.『Vikram(ヴィクラム)』タミル語
約42億ルピー
6.『Kantara(神話の森)』カンナダ語
約40億ルピー
7.『The Kashmir Files(カシミール事件簿)』ヒンディー語
約34億ルピー
8.『Drishyam2(光景2)』ヒンディー語
約31億ルピー
(参考:Wikipedia”List of highest-grossing of Indian films ”https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_highest-grossing_Indian_films) 『K.G.F:Chapter 2』と『RRR』については次で取り上げるが、第3位の『Ponniyin Selvan: I』はマニラトナム監督作の歴史劇で、これもシリーズ第1作となっている。トップの南インド映画2作品の桁違いの興収といい、8作品中5作品を南インド映画が占めることといい、やはり本年も「南高北低」だったと言えるだろう。
2.『RRR』の世界的ヒットと『K.G.F』の北インド制覇
『RRR』は現在日本でもヒット状態が継続し、インド映画として最速で2億円の興収を挙げたあと、ついにインド映画の歴代興収1位となる4.1億円超えを記録した。日本だけでなく、アメリカ、イギリス等英語圏諸国や、従来からのマーケットである中東諸国でもヒットを記録、特にアメリカでは多くの映画賞にもノミネートされた結果、各地で再映が続いている。
アメリカの映画賞では、S.S.ラージャマウリ監督がニューヨーク映画批評家協会監督賞を受賞したのを皮切りに、種々の映画賞で外国語映画賞等の受賞を重ねた上、明年1月10日の第80回ゴールデン・グローブ賞でも非英語作品賞とオリジナル歌曲賞(「Naatu Naatu」)にノミネートされている。インドでの公開後、ラージャマウリ監督がたびたび訪米してプロモーション活動をしたことが、『RRR』への高い評価と共にアメリカの人々にアピールしたようだ。来春の第95回アカデミー賞各部門賞に関しても、期待する声が高い。
日本でのヒットは、これまでのインド映画ファン層をラージャマウリ監督と主演のラーム・チャラン、NTR Jr.の来日でがっちりと取り込み、さらにインド映画初体験の若者層や中高年層にもアピールしたためと思われる。中高年層観客の話を聞くと、登場する各シーンがそれぞれ見せ場とまとまりを持っており、章立ての本を読むようだという感想等が聞かれた。ラージャマウリ監督の映画作りのうまさにあらためて脱帽する思いだ。
一方インドでは、今や多言語版での公開が当たり前となり、『RRR』も本来のテルグ語版のほか、ヒンディー語、タミル語、マラヤーラム語、カンナダ語版が作られてそれぞれの地域で公開された。その中で『RRR』のヒンディー語版は27億ルピー超を稼いだが、実はその倍近くを稼いだのがカンナダ語映画『K.G.F:Chapter 2』のヒンディー語版だった。ヒンディー語版だけの興収が43億ルピー超となった『K.G.F:Chapter 2』は、本年のヒンディー語映画最大のヒット『Brahmastra 』の興収と同等の興収を北インドで挙げたことになり、ヒンディー語圏の観客から強い支持を得たことがわかる。
『K.G.F』シリーズは、コーラール金鉱地域に生まれ、子供時代に母を失ってムンバイへと流れた少年ロッキーが、やがて地元ヤクザの中でのしあがり、コーラール金鉱に戻って大物マフィアとなっていく物語である。ロッキーを演じた男優ヤシュの、長髪にひげ面、鋭いまなざしを持つ無敵の男、という形象が評判を呼び、第1作の『K.G.F: Chapter 1』(2018)もその年の興収第5位とヒットした。カンナダ語映画の興収トップ20入りは珍しく、続編が待たれていた作品である。このシリーズを監督したプラシャーント・ニールは現在テルグ語映画界に招かれて、『バーフバリ』シリーズの主役プラバースの新作『Salaar(将軍)』を撮影中である。
このように、南インド映画界は4言語の域内で様々に交流ができるのも強みで、監督らスタッフもそれから俳優たちも、言語の壁を越えて他地域の作品にチャレンジしている。それを支えている拠点の一つがテルグ語地域にある広大な映画製作スタジオ、ラモージ・フィルム・シティで、様々な映画界をまたいで人材ならびに技術やアイディアの交流がうまくなされているのも、南インド映画界が発展していく強みとなっている。南インド映画界の優位はしばらく続きそうだ。
3.ボリウッドの萎縮を招く要因
本年3月に公開されたヒンディー語映画『The Kashmir Files』は、1989-90年のカシミール地方において、イスラーム教徒過激派がパンディト(最高位のバラモン階級に属するカースト)を迫害した事件を描いている。殺害を逃れてもパンディトたちは故郷を追われ、難民キャンプを経て、他地域で暮らすことを余儀なくされたが、この事件と現在とをつなぎながら描いた本作では過激派の行為を生々しく描写しており、目をそむけたくなるシーンも多い。そのためインドでは成人指定となったほか、海外での公開時にも厳しい制限が課されたり、上映が不許可になった国もあった。
しかしながら現政権のインド人民党(BJP)は本作を支持、BJPが政権を握る州では映画の入場料に含まれる娯楽税の免除を決め、ほぼ半額となった本作は多くの観客を惹きつけて商業的成功を招いた。娯楽税免除の措置をした主な州は、グジャラート、ハリヤーナー、マディヤ・プラデーシュ、ウッタル・プラデーシュ、ビハール、カルナータカ州等で、以前はヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の融和を描く作品などにこの娯楽税免除措置が執られていたことを考えると、時代の変化を強く感じる。
ヒットしたことで、本作を批判した人はBJP支持者やヒンドゥー至上主義者などから叩かれることになり、そのため本年前半には、この作品に関して自由な発言ができない状況が作り上げられてしまった。そんなヒンディー語映画界をさらに萎縮させたのが、8月11日公開のアーミル・カーン主演作『Laal Singh Chaddha(ラール・シン・チャッダー)』のボイコット事件である。『Laal Singh Chaddha』はハリウッド映画『フォレスト・ガンプ』(1994)の正式リメイクで、主人公をシク教徒に置き換え、インド現代史の様々な事件を背景に見せながら、母親や恋人、そして恋人との間に生まれた息子への愛情を描いていく。アーミル・カーンの好演もあって、心温まる作品に仕上がっている。
ところが公開前にヒンドゥー至上主義の人たちが、2015年当時のアーミル・カーンの発言を取り上げて問題にし、この作品のボイコットをツイッターで呼びかけ始めた。アーミルの当時の発言とは、「インドは不寛容な国になりつつある。こういう国で子供を育てることに恐れを感じる」というようなもので、その時から現在までにアーミルの主演作『ダンガル きっと、つよくなる』(2016)や『シークレット・スーパースター』(2017)等も公開されているのだが、今になってなぜか問題視されたのだった。そのため本作の興収は約13億ルピーにとどまり、製作費すら回収できない結果となった。
これに続いて、「シャー・ルク・カーン、サルマーン・カーン作品もボイコットせよ」というスローガンも叫ばれており、ボリウッドはますます閉塞感が漂う状況となっている。その閉塞感は、9月9日公開の『Brahmastra : Part1-Shiva』がヒットした後も続いている。『Brahmastra』は「ブラフマーストラ」と呼ばれるヒンドゥー教最強の武器をめぐるファンタジードラマで、CGとVFXを駆使したゲーム感覚の作品である。主演がランビール・カプールとアーリアー・バットという実生活上のカップルで、この映画のクランクアップ後に挙式、現在子供も誕生したことなども宣伝材料となり、本年のヒンディー語映画興収トップとなった。
こんなヒット作も出ているものの、ボリウッドが以前のような豊かな作品群を再び作り出せるようになるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。スターの世代交代も進まず、ボリウッドの抱える課題は多い。来年早々1月25日には、シャー・ルク・カーン主演のアクション映画『Pathaan(パターン人)』も公開されるが、それが2023年の動向を占う試金石となるかも知れない。