1.完全版を堪能しよう
JAIHOの第1回配信インド映画の1本が、『バーフバリ 伝説誕生<完全版>』(2015)【6月21日~8月16日配信】とはまことにめでたい。「完全版」は、劇場公開はされたもののソフト化されなかったので、インド映画ファンの多くが再会を熱望していたはずだ。
『バーフバリ 伝説誕生』が日本で公開されたのは、2017年の4月8日。この時は、S.S.ラージャマウリ監督が自らカットした「国際版」だった。「完全版」が本国やシンガポール、マレーシアなどで公開されたのは2015年7月10日で、この時のデータによる上映時間は159分。それに対し日本公開の「国際版」は138分、20分も短かった。上手に編集してあるので違和感はまったくなかったのだが、2015年8月にシンガポールでタミル語版をすでに見ていた私は、好きなシーンがカットされていて少々がっかりしたものだ。
カットされたシーンのメインとなるのは、カーラケーヤ族のスパイを追って、アマレンドラとバラーラデーヴァがバザールに入り込む場面である。その後アマレンドラは酒屋で人々に酒をおごり、酔いにまかせて美女3人とからんで踊る。ここではまず、中東の商人風衣裳に身を包んだアマレンドラとバラーラデーヴァの、格好良さに見惚れてしまう。そして酒屋のシーンが粋で、ソング&ダンスシーンがこれまたなまめかしくてうっとりする。その上酒屋の親父役がラージャマウリ監督のカメオ出演ときては、「なんでここをカットするかなー」である。
ほかにも、最初の方でシヴドゥがシヴァ神の象徴リンガを移動させるシーンがあるが、滝の下に置いて育ての母を振り返り、「母さん、1001回どころじゃない、未来永劫 水は降り注ぐ」と言ったあと、踊るシーンがカットされている。ここはシヴァ神の別名「ナタラージャ(踊りの王)」を彷彿させる、いかにも「ターンダヴァ」風の踊りで、「おお!」と思わせられただけに、カットされていて残念だった。その他、いくつも小さなカットシーンがあるので、すでに何回も日本でソフト化された「国際版」を見ている人にとっては、間違い探し的な楽しみも味わえる「完全版」なのである。
2.多言語製作のインド映画
この作品の公開当初、かすかな危惧もあった。日本でそれまでに大ヒットしたインド映画と言えば、1998年公開の『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995)と、2013年公開の『きっと、うまくいく』(2009)が挙げられるが、前者はラジニカーント主演のタミル語映画、後者はアーミル・カーン主演のヒンディー語映画である。ところが、『バーフバリ 伝説誕生』は言語がテルグ語、しかも主演はプラバースという日本では無名のスターだ。日本人観客は作品選びが慎重で、石橋を叩いて渡る。聞いたことのない言語と主演では…と思ったのだが、当初1館で1週間限定公開の予定が、やがて公開期間が延び、上映館が増えて、見事『バーフバリ 王の凱旋』(2017)の公開へと繋がったのだった。
インド映画がいろんな言語で製作されているという事実も、日本映画やアメリカ映画に親しんできた日本人観客には理解が難しいかも知れない。1つの国なのに、なぜ映画の言語が違うのだ? それに対しては、インドは言わばEUみたいなもの、パリではフランス語映画、ベルリンではドイツ語映画、ローマではイタリア語映画が作られているのと同じ、と説明するのだが、それが1つの国になっていることが理解を超えるらしい。確かに、こんな形の多言語映画製作をしている国は、ほかには存在しない。
現在、約40の言語で映画が作られているインドだが、製作本数のトップ争いをしているのは、北インドのヒンディー語映画と南インドのタミル語映画、テルグ語映画で、いずれも毎年300本前後作られている。ほかに多いのが、南インドのカンナダ語映画とマラヤーラム語映画、そして東インドのベンガル語映画に、ヒンディー語映画と同じくムンバイが拠点となるマラーティー語映画だ。ヒンディー語映画界は、ムンバイの旧名ボンベイ+ハリウッドで「ボリウッド」と呼ばれており、同じようにタミル語映画界は映画スタジオが多いチェンナイのコーダムバーッカム地区由来の「コリウッド」、テルグ語映画界は言語名由来で「トリウッド」と呼ばれている。
3.多言語製作が促す変化と連帯
各言語の映画は、それぞれ特長があると言えば言えるが、1990年代から始まった経済発展がインド全土に広がり、都市も農村も全国均一化しつつある現在では、あまり差異はなくなってきた。他言語作品のリメイクも増え、娯楽大作が多かったタミル語映画にも、社会派作品やしっとりしたラブストーリーが目立つようになり、英雄性を第一義としたトップ男優たちも今では様々な役柄に挑戦している。
そんな中でも人々を驚かせたのが、ヴィジャイ・セードゥパティの『’96』(2018)【6月21日~8月11日配信】だった。大人気スターのヴィジャイ・セードゥパティと言えば、繊細さとは無縁のタフでマッチョな男が当たり役。ところが『’96』では大学でも教えている写真家という知的な役で、さらに10年生(日本で言えば高一)の時に別れた純愛の相手が忘れられず、ずっと独身を通すアラフォー男を演じたのだから、映画ファンが驚くのも無理はない。興行成績はまずまずというランクだったが、IMDb星取り表では★8.6という、『ロボット2.0』や『パドマーワト』、『盲目のメロディ』などあまたのヒット作を押さえて、その年の評価トップに輝いたのである。『’96』は日本でも映画祭上映され、ティーンの幼い恋と大人のもどかしい恋のどちらもが胸キュンで、好評だった。
こんな風に、傑作、名作、人気作が各言語で数多く生まれているインドだが、現在は新型コロナウィルスの変異株が猛威をふるい、大変な状況下にある。10月13日封切り予定のS.S.ラージャマウリ監督の新作『RRR』も、来年に延期か、という観測が出ているが、そんな中、監督と主演の4人は人々に勇気を与える動画をYouTubeにアップした。ラージャマウリ監督、ラームチャラン、NTRジュニア、アーリアー・バット、アジャイ・デーウガンがそれぞれ、マラヤーラム語、タミル語、カンナダ語、テルグ語、ヒンディー語で、「マスクをしよう、ワクチン接種も受けよう。そして共にコロナ禍と闘おう!」と呼びかけたのだ。映画や映画人の影響力が日本よりずっと強いインド、多言語を駆使したこの訴えが効いてくれることを祈りたい。