• HOME
  • COLUMN
  • 変貌を続ける台湾の巨匠  ホウ・シャオシェン〈後編〉

2022.03.15

変貌を続ける台湾の巨匠  ホウ・シャオシェン〈後編〉

スタイルを変貌させてゆく『憂鬱な楽園』『フラワーズ・オブ・シャンハイ』『黒衣の刺客』

市山尚三

『黒衣の刺客』©2015 光點影業股份有限公司 銀都機構有限公司 中影國際股份有限公司

 『ナイルの娘』に続く憂鬱な楽園(1996)【配信期間:2022年3月30日~4月28日】は、『好男好女』が1995年のカンヌ映画祭に選ばれた時に思いついた設定をもとに、その数か月後に撮り始めた作品である。『好男好女』ではややよそ行きの演技をしていた三人の俳優たち(ガオ・ジェ、リン・チャン、伊能静)をより自由に演技させたい、という考え方から始まったこの作品は、明確な脚本を用意せず、ほとんど即興で作られた。その分、現場は混乱し、後半を全て撮り直したこともあり、当初は短期間で撮影を終えるつもりが数か月を要する撮影となった。

『憂鬱な楽園』©1993 JAN CHAPMAN PRODUCTIONS & CIBY 2000

 ただ、映画は幾つもの素晴らしいシーンに恵まれ、とりわけ三人が台北から台中に向かってバイクで山の中を走る長い場面は、ホウ・シャオシェンの全ての作品の中でも屈指の場面と言えるだろう。

『フラワーズ・オブ・シャンハイ』©1998/2019 侯孝賢映像製作社・松竹株式会社

 フラワーズ・オブ・シャンハイ』(1998)【配信期間:2022年3月18日~4月16日】では一転してホウ・シャオシェンは20世紀初頭の上海の高級遊郭、つまり自分が育ってきた台湾とは縁のない題材に取り組むことになった。最初、ホウ・シャオシェンは上海ロケの可能性を模索していたが、上海にその当時の面影を残すロケ地はほとんど存在しないこと、また当時の中国の検閲の基準では撮影許可が出ない可能性が多いことから、全てを遊郭の室内に設定し、撮影は台北郊外に建てたセットの中だけで行われることになった。ただ、ホウ・シャオシェンのリアリティの追及は半端なものではなく、この映画で使う家具や小道具は全て清朝末期に使われていた骨董品が買い集められた。結果、映画は外界から断絶された遊郭の中で生きる女性たちの日常を浮き彫りにするものとなった。特にフランスでは高い評価を受け、当時のアジア映画の最高の興行成績を記録するヒットとなった。

『フラワーズ・オブ・シャンハイ』©1998/2019 侯孝賢映像製作社・松竹株式会社

 『フラワーズ・オブ・シャンハイ』の製作当時、ホウ・シャオシェンは将来の企画として、唐朝を舞台とする女性主演の武侠映画の構想を口にしていた。『フラワーズ・オブ・シャンハイ』の製作途中に松竹の体制に大きな変化があったため、この構想を松竹で実現することはできなかったが、その後、紆余曲折を経てその構想は実現する。再度、現代の台北を描いた『ミレニアム・マンボ』(2001)で出会った女優スー・チーを主役に起用した黒衣の刺客』(2015)【配信期間:2022年4月5日~5月4日】だ。この映画の最大の見どころは、そのロケーション撮影にある。映画には寺の場面が何度か出てくるが、これは京都や奈良の寺の中で唐朝の建築様式を残す寺を選んで撮影された。

『黒衣の刺客』©2015 光點影業股份有限公司 銀都機構有限公司 中影國際股份有限公司

 中国ではホウ・シャオシェンと同世代のチェン・カイコー、チャン・イーモウらがやはり唐朝を舞台とする映画を撮っているが、CGを駆使して撮られたそのような作品と『黒衣の刺客』の差は歴然としている。更に素晴らしいのは、終盤に登場する山の中の撮影だ。特に、壮大な風景の中で下方から雲が沸き上がってくる場面は奇跡としか言いようがない。このような風格を感じさせる映画は、『侠女』(1971)などで知られる武侠映画の巨匠、キン・フーの作品群以来である。

『黒衣の刺客』©2015 光點影業股份有限公司 銀都機構有限公司 中影國際股份有限公司

 『黒衣の刺客』以来、沈黙を守っていたホウ・シャオシェンであるが、つい最近、スー・チーを主演とする新作を今年撮影することが発表された。それがどのような作品となるかはわからないが、大いに期待したいところである。

【『憂鬱な楽園』作品ページ】

【『フラワーズ・オブ・シャンハイ』作品ページ】

【『黒衣の刺客』作品ページ】