• HOME
  • COLUMN
  • 巨匠たちが尊敬した日本人 香港映画史を撮った男⑤

2021.10.28

巨匠たちが尊敬した日本人 香港映画史を撮った男⑤

井上梅次の『玉女嬉春/幸せの黄色いマフラー』(1971)とホア・シャンの『中国超人インフラマン』(1975)

江戸木純

『玉女嬉春/幸せの黄色いマフラー』© 2003 CELESTIAL PICTURES LTD. All Rights Reserved.

 日本人撮影監督、西本正がショウ・ブラザースで撮った作品で香港映画史を追ってきたこの特集も今回の2本で第1弾10作品のフィナーレとなる。

 まずは、すでに『香港ノクターン』(1967)、釣金亀/億万長者と結婚する方法(1969) 【11月14日まで配信】と見てきた井上梅次監督の香港での8本目にして最後の監督作となった玉女嬉春/幸せの黄色いマフラー(1971) 【10月28日~11月26日配信】。

 主人公はナイトクラブでマジックを披露するマジシャンの三人娘。彼女たちが『香港ノクターン』を映画館に見に行くシーンから始まり、ミュージカル映画スターを目指して奮闘するという、『香港ノクターン』の姉妹編的内容で、『釣金亀~』で三人娘の一人として主役の一翼を担ったベティ・ティンペイが、今回は三人娘の長女としてクレジットの筆頭を張る。

 展開はほとんど『香港ノクターン』をなぞりながら、三人娘はステージではなく、初めから映画界での成功を目指し、若い映画スタッフたちと共同生活をし、大部屋俳優として下積み生活を送りながらチャンスを待つという、チャウ・シンチーの『新喜劇王』も驚く映画界のドタバタ・バックステージものになっている。

『玉女嬉春/幸せの黄色いマフラー』© 2003 CELESTIAL PICTURES LTD. All Rights Reserved.

 実はこの作品、クレジット上では撮影は渡辺徹となっている。だが、「香港への道 中川信夫からブルース・リーへ」(西本正/山田宏一・山根貞男、筑摩書房)はじめいくつかの西本正のフィルモグラフィに入っており、同書での西本の証言に、渡辺が井上梅次と揉めて日本へ帰ってしまったというくだりもあるため、敢えて特集のリストに入れた。ただ、実際作品を見てみると、西本の他の作品とは明らかに違う、緩めの構図の場面も少なくない。おそらく西本が関わっていたとしても全編ではなく、一部で数人の撮影監督が兼任した作品と推察される。また、渡辺は井上と揉めて日本へ戻った後も、日本ロケの『鑽石艷盜』(1971)、『夕陽戀人』(1971)には撮影としてクレジットされているので、ひょっとすると和解して再度仕事をした可能性もあるが、詳細は分からない。

 それよりもこの映画をリストアップした最大の理由は、この映画が多くの日本の映画ファンがほとんど知らなかった“映画女優”ティンペイが最も輝く1本であり、1971年の後半に撮影され、1972年の1月15日公開という、香港におけるブルース・リーの大ブレイク期に公開された特別な作品だったからだ。

 ブルース・リーの香港凱旋第1作『ドラゴン危機一発』の香港公開は1971年10月31日。ブルース・リーとティンペイは同作撮影前にすでに出会い、おそらくこの時期には友人以上の関係になっていたことを考えれば、ブルース・リーもおそらくこの作品を見たはずだ。

『玉女嬉春/幸せの黄色いマフラー』© 2003 CELESTIAL PICTURES LTD. All Rights Reserved.

 劇中、三姉妹の衣装は黄、赤、青に完全に色分けされていて、ティンペイはほぼ全編黄色の衣装を着ている。もちろん、まったくの偶然だろうし、この映画がブルース・リーに何か影響を与えたことなどまったくないとは思うが、黄色いセーターに黒いサスペンダーをしたシーンなど、どうしても『死亡遊戯』のトラックスーツのことを思い出してしまう。題名にもなっている黄色いマフラーや黄色い傘など、映画には“黄色”がとにかく重要な役割を果たしている。ジョン・フォード監督の『黄色いリボン』(1949)あたりは何となく関連しているように思えるが、井上梅次がこの色に何を込めたのか、込めなかったのか、とても気になる。もちろんそれも全然映画とは直接関係はないとは思うが、今見ると香港の“雨傘革命”における黄色まで思い起こし、香港と香港映画の今を想い、ちょっと切なくなったりもする。

 ただこの映画、記録によるとたった4日で打ち切られている。2年前のほとんど同じ傾向の『釣金亀~』は年間興行成績の第9位とヒットしたにもかかわらず、ブルース・リーの熱狂に沸く香港では、この手のオールド・スタイルのミュージカルはすでに時代遅れと取られたのか、あるいは香港の観客にティンペイに対する反感的なものがすでにあったのか、今となっては定かではない。

 いずれにせよ、数年で圧倒的な自力を付け、ブルース・リーという国際的スターも生んだ香港映画に日本人監督はもう必要なくなっていたという事実だけは間違いない。

 そして、今回の配信は、映画史に忘れられ滅多に見ることができなかった、いろいろな意味で興味深く、見どころの多い作品を字幕付きで見ることができる極めて貴重な機会。お見逃しなく。

『中国超人インフラマン』 © 2003 CELESTIAL PICTURES LTD. All Rights Reserved.

 今月のもう1本は、西本正が香港で撮影を手掛けた47本の映画の最後の作品で、香港版「仮面ライダー」+「ウルトラマン」ともいうべき特撮ヒーロー・アクション中国超人インフラマン(1975) 【11月2日~12月1日配信】。特撮マニアの間ではカルト的な人気の高い、知る人ぞ知る作品だ。

 70年代日本で大ブームとなっていた特撮ヒーローもののTVシリーズは香港でも人気があり、その人気を当て込んで企画された作品。台湾あたりだと、「仮面ライダー」まるパクリの作品なども作られているが、さすがにショウ・ブラザースは“香港オリジナル”のキャラクター創造にこだわった。

 西本はすでにショウ・ブラザースから独立していたが、香港にはまだ技術的に難しく、日本の技術をいろいろと使う必要がある特撮映画ということで、是非にと頼まれ引き受けたという。当初、監督も含めての依頼だったが、演出は西本の助手を数多く務めたホア・シャンに任せて、撮影に専念、特撮デザイナーには『ガメラ』、『大魔神』シリーズや「仮面ライダーV3」「イナズマン」などの三上陸男を招き、エキスプロが怪人スーツの制作を担当(三上はこの後、ショウ・ブラザース版”キング・コング”『北京原人の逆襲』(1977)も担当した)。だから当然、キャラクターやセット、合成やオプチカル、ミニチュア撮影など、特撮場面は日本の特撮ヒーローものとソックリだが、アクションは基本クンフー+ワイヤーワークの香港式。明らかに子ども向けの作品だが、首や手首が飛ぶ残酷シーンも香港映画ならでは。武術指導は『嵐を呼ぶドラゴン』などのタン・チァ、スタント指導に『グランド・マスター』などのユエン・チュンヤンとユエン・ブラザース(袁家班)系スタッフがアクロバティックな格闘アクションをつけている。

『中国超人インフラマン』 © 2003 CELESTIAL PICTURES LTD. All Rights Reserved.

 インフラマンに変身する主人公レイ・マを演じるのは、後年『狼/男たちの挽歌・最終章』(1989)、『野獣特捜隊』(1994)など、硬派な警官役で人気を博すダニー・リー。70年代ショウ・ブラザース時代は『実録ブルース・リーの死』(1975)でブルース・リーを演じたり、『液体人間オイルマン』(1976)に『北京原人の逆襲』と、キワモノばかりに出演していた。この映画ではまた、ホアン・チュンロンという新人俳優が呂小龍という役で科学研究所の隊員の一人を演じているが、彼はこの作品の後、呂小龍=ブルース・リを芸名にして、『クローン人間ブルース・リー/怒りのスリー・ドラゴン』(1982)、『ブルース・リの復讐』(1985)など、数多くのブルース・リーのそっくりさんクンフー映画に出演した。つまり、この作品は奇しくも2人のブルースプロイテーション映画(ブルース・リーの物真似映画)俳優の競演作でもあったのである。

 ホア・シャン監督はその後、別名も使いながら『ドラゴンカンフー/水晶拳』(1979)、『カンフー・ゾンビ』(1981)、『嵩山少林寺』(1985)などクンフーやホラーを数多く手掛ける職人監督として活躍することになるが、70年代後半以降、『霊幻道士』シリーズのリッキー・リュウ、『孔雀王』シリーズのラン・ナイチョイなど、ホア・シャン以外にも西本の弟子として彼の助手を務めた撮影監督出身の監督が次々と活躍することになる。その頃には、第3回のコラムでも言及した、数多くの西本の撮影作品で助監督を務めたカイ・チーホンも、すでにエース級監督として数多くの作品を手掛けていた。

 つまり、西本正が映画撮影の第一線を退くと同時に、彼の仕事は香港映画界でさらに大きな花を確実に咲かせていたのである。

『中国超人インフラマン』 © 2003 CELESTIAL PICTURES LTD. All Rights Reserved.

 今回の特集10本は、西本正が担当した映画のごく一部だが、それでも彼がその圧倒的技術力と映像センスで香港映画にいかに大きな貢献をしたかを、まさに目の当たりにすることができた。そして、ショウ・ブラザースのライブラリーには西本正が関係した作品以外にも、まだまだ凄い作品がたくさん眠っている。JAIHOの特集“東洋のハリウッド・香港映画の全貌”第2弾にもぜひご期待いただきたい。

参考文献:

「香港への道 中川信夫からブルース・リーへ」(西本正/山田宏一・山根貞男、筑摩書房)