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2022.04.27

【特別寄稿】ジョン・カサヴェテス特集に寄せて―三宅唱

結婚とストリップ

三宅唱

オープニング・ナイト©1977 Faces Distribution Corporation

 京都に住むOくんの結婚披露宴に出席した土曜の夜、友人たちとホテルで遊び倒し、翌日、すぐ東京に戻る予定だったはずが、誰が言い出したのだったかストリップ劇場に出かけることになった。それまでそうした場所に行ったことがなく、勝手な先入観から苦手意識もあり、恐る恐る席についた。ステージはやはりたいして面白く思えず、寺や神社にでも行けばよかったと二日酔いの頭で後悔しながら、はじめて目にする他の客や裏方の動きをぼんやりと観察した。学生っぽい客やスーパーの帰りのような格好の中年客、スーツにハットをバッチリきめた老紳士然とした客がいるのをみて、彼らが外ではどんな人物でなぜ日曜の午後にここにきたのかを想像したが、すぐに飽きて席を立った。場外の廊下の奥で煙草を吸いながら、壁に貼られた色褪せた新聞記事などを眺め、老舗の劇場らしい独特の雰囲気を見物していると、新郎から「昨日はありがとうございました!」と丁寧なメールが届いた。いま自分たちがストリップを見ているその一方で、結婚式を終えた新郎新婦はどこかで大事な時間を過ごしているということを想像した。

チャイニーズ・ブッキーを殺した男©1976 Faces Distribution Corporation

 昨日は天気が良く、大きな窓から柔らかい自然光が会場全体を包んでいて、とても穏やかで素晴らしい披露宴だったと思うその目の前を、ついさきほどまでステージで踊っていた女性が玄関前へと駆けていき、「きてくれてありがとう!」と客らしき人物に挨拶していた。廊下は薄暗く、玄関の逆光で二人の顔はよく見えなかった。場内へ戻るとすでに終盤、全体が暗くなり、一筋の光がステージに伸びて埃がかすかに舞っているのがみえる。おそらくはその日のメインと思われる女性のステージが始まった。静かなメロディのJPOPにあわせて、ゆっくりと薄い衣服を脱いでいく。曲がじょじょに熱を帯び、「一番綺麗な私を抱いたのはあなたでしょう」というサビが流れた。眼差しはとても真剣で、足の指先まで力が漲っていて、歌詞の意味するところがざわざわと押し寄せてくる思いがした。勝手に、その女性が自分の車でこの曲を聴いている場面や、この曲で踊ると決めてスタッフたちと練習をする場面、また「あなた」と呼ばれる人物について、想像した。とにかく、これはものすごく美しいものを見た、と心が動いた。踊りそのものも美しかったが、義理で観にいく退屈な演劇より何十倍も、劇場空間という場の面白さを味わった。帰り道の新幹線、中島美嘉のその曲を再生しながら結婚式で撮った写真を見返した。

チャイニーズ・ブッキーを殺した男©1976 Faces Distribution Corporation

 結婚式とストリップ劇場。このような組み合わせはそれまで思いつかなかったし、偶然繋がった出来事だったが、人生にはこんなこともある、この世界ではこんなことも起きるという、自分にとってのリアルが更新された出来事だった。

 ストリップ劇場のオーナーが主人公である『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』について、特に途中のオーディションの場面の、例えば階段下で選曲するオーナーを上階から捉えたカットの何ともいえない情感や、開店前の店内の暗がりで逆さまになった椅子の存在感、真っ赤なライトの中でステージを右へ左へと動く体を眺めるいつまでも終わりそうにない時間、それからその甘美な時間がどうしようもなく台無しになったあともなお続くその展開について書こうと思っていたのだが、しかし、京都の思い出や「リアルの更新」について書きながら思い出したのは『オープニング・ナイト』の様々な場面だ。

オープニング・ナイト©1977 Faces Distribution Corporation

 例えば前半。深夜の寝室、夫マニー・ビクター(ベン・ギャザラ)が事故死した女性について電話をしている最中に、妻ドロシー・ビクター(ゾーラ・ランパート)が入ってくる場面。マニーは「ちょっと静かにしてくれ」と目と手とで合図するが、ドロシーは部屋から出ようとしない。ここでのドロシーの振る舞いそのものについて、その理屈は何となくわかる気もするが、でもなぜあんな振る舞いになるのかはわからない。また、なぜこの場面であんな振る舞いがこの映画に必要なのか、なぜそれをあのような距離で撮るのかもわからない。粗筋としては電話内容の推移が第一に気になるところだが、途中からそれを追うのをやめて、とにかく、こんな夜にこんな二人が今目の前でこんなことをしている、ただそれを受け止めているうちに、シーンが終わる。

 全然違うことを考えている二人の人物が同じ空間にいること。言い換えれば、二人が同じ場所で別の物語を生きていること。カサヴェテスの映画をみていて何度も驚くのは、それが実感としてこちらに届くことだ。それが面白いというより、何が起きているかすぐにはわからず、混乱する。でもたしかに、それがキャメラの前で実際に起きていることはよくわかる。それに、「こんな時にこんなことが!」「あんな場所であんなことが!」という出来事がたしかに起きることで、リアルが更新されるような体験となる。

 自分の普段の生活を顧みると、誰もが別の人生を生きているなんてそんなの当たり前じゃないか、と思うが、映画の撮影現場となるとなぜか、なかなかそうはならない。何も考えずに二人の人物を撮ってそれが映るかというと、まあ映らないだろう。よくて、違うセリフは言うけれど同じ台本を持った人物が二人映るだけだ。

 ちなみに、この寝室の場面でカサヴェテスは、ドロシーを演じたゾーラ・ランパートとともに、強い身振りを一緒に作り出している。ほっといて、彼女自らあんな動きをするとはあまり思えない。無理やりト書きが命じても、キャメラとベン・ギャザラの前であのようには振る舞い難いだろう。思い切ってあのように振る舞うための準備、信頼関係の構築が、カメラの回る前に行われていると思う。「カサヴェテスの前なら何でもできた」という証言があるが、この場面のドロシーを演じたゾーラ・ランパートもそう言う気がする。

オープニング・ナイト©1977 Faces Distribution Corporation

 あるいは終盤、ようやく現れたジーナ・ローランズがなんとか第一幕を終え、その後いったん裏に戻りまた舞台へ戻ろうとする場面。ここでのジーナ・ローランズの素晴らしさは説明不可能だが、そして彼女と同じくらいーーと書くのがやや言い過ぎでなければいいがーー、ステージ裏で働くメイク係の女性や小道具係の男性も素晴らしい。彼らもまた、ジーナ・ローランズと同じ場所にいながらにして、ジーナ・ローランズとは全く別の物語を生きている。それがわかるのは例えば、小道具係の男性がジーナ・ローランズに駆け寄って「感動しました」と声をかける瞬間だ。「お、観客の気持ちを代弁してくれるのかな?」などと思うのだが、彼が「なぜならー」と続けるその理由が、微妙にマトが外れていて、可笑しい。でも彼は真剣そのもので、だからこそリアルで、脱力しながら感動する。もし彼らがそうでなければ、ジーナ・ローランズのあのギリギリの演技も見るに耐えないものになったかもしれない。

 それから同じく最後の舞台の場面。キャメラが客席に据えられている間は、舞台という<嘘>を<真実>たらしめている約束事は破壊されず、だからリアルは更新されない。問題は、いつキャメラ位置が逆転するのか、だ。つまり、手前に役者がいて奥に客たちが映るキャメラポジションをどのように使うのか? そこに注目したい。舞台と客席とが同時に映り、しかしなおその舞台が<嘘>として崩壊せず<真実>のまま続く時に、新たなリアルが立ち上がる。こうした効果自体はブレヒト的な演出として決してカサヴェテス独自の視点ではないが、舞台を撮る映画にとって大切なのは、いつキャメラ位置が逆転するのか、だろう。

オープニング・ナイト©1977 Faces Distribution Corporation

 ある瞬間、ジーナ・ローランズの横顔の向こうに大勢の客が見えるカットになる。舞台/客席という全く別の世界の、その境界線が消える。複数の物語が同じ空間で同時に立ち上がっていることが瞬時に伝わってくる……こう書くとなんだかわかりづらいが、とにかく、このカットになったその瞬間、言葉にならない感動が毎回押し寄せる。

 それから同じく終盤、観劇していたドロシーの姿も映る。その表情から、彼女もやはり主人公としてこの映画に映りこんでいたことを一瞬で悟らされる。この映画の主人公ではないが、彼女の人生の主人公として存在しているようにしか見えない。ドロシーだけではなくどの人間もそうなので、カサヴェテスの映画を真剣に見ると、何かにあてられるのか、その日の夜は熱が出る。

 ちなみに、京都のストリップ劇場に行った後日、今度は横浜のストリップ劇場に行く機会があった。ここでは、客の中年男性が僕の若い友人男性を女性だと勘違いしたのか「かわいいねえ」と声をかけ、友人が激怒する、という顛末しか覚えていない。

オープニング・ナイト©1977 Faces Distribution Corporation

『オープニング・ナイト』(1977)【2022年5月5日~6月3日配信】

チャイニーズ・ブッキーを殺した男©1976 Faces Distribution Corporation

『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』(1976)【2022年5月12日~6月10日配信】

こわれゆく女©1974 Faces International Films,Inc.

『こわれゆく女』(1974)【2022年5月19日~6月17日配信】

フェイシズ©1968 JOHN CASSAVETES

『フェイシズ』(1968)【2022年5月26日~6月24日配信】

アメリカの影©1958 Gena Enterprises.

『アメリカの影』(1959)【2022年6月配信】