ブルース・リー映画ほど古今東西に渡って様々なバージョン違いの作品を乱立させたコンテンツは無いに違いない。とりわけ音声バリエーションが最も複雑なことでマニアを悩ませてきた『ドラゴン危機一発』。その中でも今まで決して世に出ることのなかった83年リバイバル日本公開版…いわゆる「リターン・オブ・ザ・ドラゴン」版と呼ばれるバージョンが、この度フィルムから直接デジタル化された音源を4Kリマスター映像に組み込んだ特別仕様で奇跡の復活を遂げた。
80年代初頭、ビデオ・ソフト時代への対応を念頭にゴールデン・ハーベスト社が自社の人気作のワールド・セールスを開始したことを機に、日本でも83年にブルース・リー没後10周年を記念したリバイバル上映が実施された。配給権は『ドラゴンへの道』『死亡の塔』に続いて東映洋画が獲得。その「リターン・オブ・ザ・ドラゴン」と名付けられた『ドラゴン怒りの鉄拳』『ドラゴン危機一発』の2本立て興行は、74年日本公開版をベースとしながらも新規にテーマ・ソングとBGMが用意され『~怒りの鉄拳』には大幅な音源改訂を実施。シンセサイザーに彩られた音楽群は作品のイメージに一定のベクトルを与えた。
何故、BGMの入れ替えを行ったのか?一つには71年製作の映画本編の音楽の古臭さを80年代風にアップデートするため。もう一つは当時まだ映画業界の興行規定の慣習として残っていた「リバイバル上映では同じ映画をそのままの形で上映しない」という紳士協定に則ったものと考えられる。
が、トレンドは既にジャッキー・チェンの時代。更にはこのBGM改訂が不評を買ったか、興行は第二次ブルース・リー・ブームの幕引き役となり、以後ファンは長い冬の時代を迎えることとなった。それ故、このバージョンを観たファンの数も少なく、とりわけ改訂内容が『~怒りの鉄拳』と比べて地味だった『~危機一発』は印象が薄く、公開当時以来約40年間、文字通りの伝説となっていた。それが今回の83年版音声である。
この83年版の音声は基本的に74年公開版の音源が用いられている。そういう意味では、現在も発掘できないでいる『~危機一発』74年版の音声の大部分をもクリアな音質で確認できるというメリットも内在する。去る「ブルース・リー4K復活祭2020」上映の折、復元音声仕様で上映された『~危機一発』の音声を聴いて「BGMが被っている、これは音源不良ではないか?」「聴きづらい」という声が各所で聞かれたが、それは元々の音声編集の拙さでありオリジナルの罪であることが今回の音声を聴けば納得して頂けるだろう。
また、70年代からのマニアにとって最も聴き慣れた“Tam/東宝レコード”サントラ盤にも収録されていたことで特に印象深い、あの伊福部昭の流用音楽がその後の一切の英語音声ソフトからはカットされていたのに対し、今回は使用された2曲のシーンを含めて史上初めて映像ソフト化されたのは特筆すべきであろう。もちろん愛着あるジョセフ・クーの音楽群も随所で聴ける。
これだけでも十分貴重な音源だが、83年版ならではの改訂箇所も今回の見どころである。最大の違いはオープニングとエンディングに流れるテーマ曲。74年版ではインストゥルメンタルだったジョセフ・クーのテーマ曲がここでは北京語のボーカル曲に差し替えられた。
これまで、この主題歌の歌い手はBリー作品の常連歌手マイク・レメディオスだと思われてきた。根拠は79年Tamレコード発売のLP「マイ・ウェイ・オブ・カンフー」のライナーノーツにある「マイケル・レメディオスの歌う主題歌(北京語)」との表記であろう。が、マイクの声とは響きも節回しも違っており、現在ではマイク本人や関係者の証言によりこれがマイクによる歌唱でないことが判明している。
もう一つの違いは本編中、2度挿入される国吉良一編曲の新規BGM「BIG BOSS」の存在である。この「BIG BOSS」を含んだ「リターン・オブ・ザ・ドラゴン」サントラは氏の映画音楽のデビュー作となった。国吉氏は、リック・フレアーや小川直也の入場曲 NWA世界ヘビー級チャンピオンのテーマ「ギャラクシー・エクスプレス」やTVアニメ「シティーハンター」劇伴から果ては『鉄道員(ぽっぽや)』『ホタル』では日本アカデミー賞/音楽賞を受賞。長渕剛の編曲、レコーディング&バック・バンドのキーボード・プレイヤーも務めた第一級の音楽家である。劇中、シュウとペイが工場長の邸宅に乗り込むシーンとチェンが川辺で復讐を決意したシーンに使用されており、氏のエスニックかつダンサブルなテイストは賛否両論あるだろうが、後年この「リターン・オブ・ザ・ドラゴン」の音楽プロデューサー石川光の手によって国吉氏がBGM編曲を担当したBリー・オマージュ的韓国映画『カンフー・ダンク!』のサントラとして結実する。
40年の時を経て遂に日の目をみた『~危機一発』83年版音声は4K映像と相まって、往年のマニアには伝説への回答を、新世代ファンには新鮮な驚きをもたらすだろう。