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2022.07.16

映画史は邦題で作られる①

スタローンの作家性の集大成的シリーズ 『エクスペンダブルズ』と私の個人的な思い出

江戸木純

『エクスペンダブルズ エクステンデッド・ディレクターズ・カット』
©2010 Alta Vista Productions,Inc All Rights Reserved

 アクション・エンタテインメントの王道ともいうべき『エクスペンダブルズ』シリーズが、JAIHOで特集配信されるなんて、ちょっと場違いと思う向きも少なくないかもしれない。

 でも、実はアクション&格闘技界のレジェンドたちを可能な限り総出演させてきたこの人気シリーズは、『ロッキー4/炎の友情』(1985)の監督再編集版『ロッキーVSドラゴ:ROCKY Ⅳ』(2021)の公開も控えるベテラン映画監督にして名脚本家シルヴェスター・スタローンのキャリアと人脈、そして作家性の集大成ともいうべきシリーズだ。アクション・ジャンルの作品を数多く見ていれば見ているほど楽しめるが、ここには誇りと友情の作家スタローンが辿り着いた境地が集約されている。

 特に1作目(2010)【8月3日まで配信中】は‟エクステンデッド・ディレクターズ・カット”版での配信だが、スタローンが本来目指した『エクスペンダブルズ』を表現したこのバージョンは、劇場公開版より10分長く、オープニング・タイトルはじめ音楽も随所で差し替えられており、予想外にマイルドだった劇場公開版に比べ、近年のスタローン作品のトレードマークともいうべき過激なバイオレンス描写がより強烈で、パンチの効いた作品になっている。

『エクスペンダブルズ2
©2012 Barney’s Christmas. Inc. All Rights Reserved.

 CMやMTV出身のビジュアル派サイモン・ウエストが手堅くまとめた『エクスペンダブルズ2』(2012)【8月7日まで配信中】も、オーストラリアの新鋭を抜擢し、大物とベテランが入り乱れる『エクスペンダブルズ3:ワールド・ミッション』(2014)【7月17日~8月15日配信】もそれぞれ見せ場だらけの上出来の娯楽作だが、やはりクセの強いスタローン色でアクション・ファンのハートにガツンと響き、何度も見直したくなるのは1作目、それもこの‟エクステンデッド・ディレクターズ・カット”版だ。

 スタントマン出身で『ネイビーシールズ』(2012)、『ニード・フォー・スピード』(2014)などのスコット・ウォーが監督する第4作『エクスペンダブルズ4』(2023)は、すでに撮影が終了してポスト・プロダクション中。スタローンは脇に回って実質的な主演はジェイソン・ステイサムとなり、アンディ・ガルシア、50 Cent、トニー・ジャー、イコ・ウワイスらが参戦するという。2023年中には日本でも公開されるはずなので、この機会にぜひ3作続けて見直し&予習をしておきたい。

エクスペンダブルズ3 ワールド・ミッション
©EX3 Productions, Inc. All Rights Reserved.

 このシリーズに関連し、今回は少しだけ、個人的なことを書いてみたい。実をいうと、私はこのシリーズというよりTHE EXPENDABLESという題名にかなり思い入れがある。

 というのも、私はこのシリーズの1作目と2作目の日本公開時、配給宣伝チームのアドバイザーとして、公開の1年近く前、全米公開前どころか映画の完成前からスタートしていた宣伝会議に参加し、コピーライターとして邦題案やキャッチコピー案を出し、チラシやプレスシート等ほぼすべての宣伝用テキストを執筆するオフィシャル・ライターを担当し、デザインや予告編の監修を手掛けた。

 特に思い出深いのは、邦題についてだ。今でこそ『エクスペンダブルズ』という邦題は完全に定着し、それ以外には考えられないが、1作目公開時、邦題をどうするかというのは日本での配給と宣伝における最大の難題だった。

 原題はTHE EXPENDABLES。“消耗品”を意味する言葉で、もともと生活や仕事で使う様々な消耗品のことだが、最前線で無駄死にさせられる兵士たちを表現する言葉として戦場で使われ、戦争映画にも度々登場してきていた。スタローンの脚本(ジェームズ・キャメロンと共同)兼主演作『ランボー 怒りの脱出』(1985)でも、兵士たちを消耗品扱いする印象的な台詞の中に使用されていたが、一部の戦争映画通を除き、一般的にはほとんど知られていない単語だった。

『エクスペンダブルズ エクステンデッド・ディレクターズ・カット』
©2010 Alta Vista Productions,Inc All Rights Reserved

 おそらく誰も知らないと思うが、THE EXPENDABLESという原題を持つ映画は1988年にも製作されている。ロジャー・コーマン製作による無名スターが出演するフィリピン・ロケの低予算ベトナム戦争映画で、日本では劇場未公開のままビデオ発売されていた。何の因果か、日本でのビデオ発売時(89年)に、ビデオメーカーからの依頼でその映画の邦題案やキャッチコピー、解説等々を担当したのも私だった。映画の内容は『プラトーン』の二番煎じのような作品だったが、『フルメタル・ジャケット』が大々的に宣伝されて公開された直後だったので、『特攻部隊フルメタル・ソルジャー』という題名に決まった。単語をカタカナ化して『エクスペンダブルズ』とすることもちょっとだけ考えた。ビデオ業界では、アクション映画の場合、「題名に濁音が多いと迫力が出て売れる」というジンクスがあり、“エクスペンダブルズ”には濁音が3つもあった。だが、宣伝費のない未公開ビデオの場合、 意味の認知が低い新語を使うのはタブーで、ヒット作のイメージを流用し、レンタルショップのオーナーにも文字だけで意味が通じる題名が求められていたため、当時『エクスペンダブルズ』という題名が採用されることはあり得なかった。それでも、その時以来、EXPENDABLESという響きは、長い間妙に頭の片隅に残っていた。

『エクスペンダブルズ2
©2012 Barney’s Christmas. Inc. All Rights Reserved.

 20数年後、私は再びこのTHE EXPENDABLESという題名の映画と向き合い、邦題を考えることになった。だが、今度はビッグスターが顔を揃える、前代未聞のイベント・ムービーで、全国300館超の公開規模、宣伝費4億円(くらいだったはず)をかける勝負作品である。当然TVスポットもそれなりに打てるので、題名を声に出して読むことができる。聴きなれない単語や商品名を幅広く一般的に定着させるには、TVスポットなどでその言葉を連呼することが一番なのである。

 私は、作品の“凄さ”と“いまだかつてない感”を表現すべく、思いきって『エクスペンダブルズ』でいくべきと提案したが、2010年の時点でも「意味が瞬時にはわからない」「単語が長すぎる」という意見が多く、最終的に決定するまでに数ヶ月かかった。

 「プロフェッショナル」「ザ・ストロング」「ブロックバスターズ」「ダイナマイト7」「特攻最前線」「野獣の報酬」…、その間に提案した題名は数百、サブタイトルで意味を補完することも考慮してサブタイトル案も百を超えた。私はまさに最前線の消耗兵の気分で、様々な題名をひねり出し、単語を組み合わせてサブタイトルを考えた。邦題案やコピーを書く仕事を40年近くやってきて、数百本の作品の邦題を考えたが、間違いなく『エクスペンダブルズ』は、私が関わった作品の中で、決定までに最も時間がかかり、最も多くの案を出した1本といえる。

『エクスペンダブルズ』劇場公開時ポスター

 度重なる会議の末、最終的には配給宣伝チームの総意がまとまり、サブタイトル無しの『エクスペンダブルズ』に決定、“消耗品軍団”“最強無敵”などのコピーで意味を補完することになった。TVスポットでの連呼はもちろんだが、劇場版予告編でもこの言葉やイントネーションがより多くの人々の耳に慣れるように、ナレーターを使い90秒の中に3回“エクスペンダブルズ!”と声に出し、叫んでもらった。

 結果は劇場、ビデオともに大成功。すでに決定していた2作目も同じ方向性をさらにスケールアップさせていくという方針となった。

 一見、ただ原題をカタカナにしただけと思われがちな邦題だが、その裏では決定までに驚くほど長い時間をかけた論争が繰り広げられている。ある意味、それは関係者たちの血と汗の結晶であり、それを有効活用するための戦略にも数多くの人々が関わっている。

 映画は、とかく作品が出来上がるまでの製作サイドの苦労ばかりが語られる。だが、どんな作品にも、それをいかに観客に届けるか、日夜奮闘している買付けや配給、宣伝に関する知られざるドラマがある。どんな傑作や名作も、後者の努力無しに世に出ることはできないのである。その辺りのこともちょっとだけ考えながら見ると、映画はもっと面白くなる。かもしれない。

【『エクスペンダブルズ エクステンデッド・ディレクターズ・カット』作品ページ】

【『エクスペンダブルズ2』作品ページ】

【『エクスペンダブルズ3 ワールド・ミッション』作品ページ】